花鳥抄 花城可裕
春過ぎて夏来にけらし白妙の桐の花咲く高砂の山
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川隅の布袋葵の上(へ)に佇てる箆鷺一羽二羽三羽五羽
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月橘の香り仄かに下り来るだらだら坂の上の逃げ水
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陋巷の古廟の庭のがじまるの鳥と語らふ千枝のそそやぎ
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学び舎に鳳凰木の花咲けり空には雲のひとつだに無く
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棕櫚の芽は天を指差すたかだかと天上天下唯我独尊
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阿勃勒(あぼつろく)花は散れども敷石に黄金の雨を降らせたり
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行き惑ふ人を導く旅人木千手観音菩薩の如く
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漁翁(むらぎみ)の投網に掛かる雲の峰逆さに映る椰子の梢(うれ)なる
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特牛(ことひ)すら殺す毒持つ美人木散りてさへなほ艶を忘れず
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破れ芭蕉打ちて降り初む木欒子(むくれにし)色無き風のビルの谷間の
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春過ぎて夏来にけらし白妙の桐の花咲く高砂の山
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いにしへの日に 傅仁鴻
いにしへの日に夕映えの空仰ぎ列なす雁を見しわれ幼し
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いにしへの日に住む家の近くには広き草原ありて楽しき
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いにしへの日に母の手の健やかに豊かであれとわが髪撫でた
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いにしへの日に弟よ君を泣くと切ない詩を晶子作りし
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いにしへの日に子供らに安らぎのあれと神様羊雲出したり
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いにしへの日にリズム良き歌歌ひ大地を強く踏みつつ歩きけり
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いにしへの日に足るを知る安らぎの心を持ちて日々は明るし
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いにしへの日に遭遇し君を知り君以外何も見えなくなりし
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いにしへの日に軍艦の数多くヒトカップ湾に集まりにけり
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足たたばエトロフ島の丘に立ちヒトカップ湾眺めて見たし
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いにしへの日に君をだけ愛すると瞳に光る涙で言へり
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いにしへの日に涙ぐみ佇みてしょんぼり見てた遠い浮雲
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雑詠 潘達仁
四五匹の野良猫の群が枝渡るリスを窺ふ吾も目を凝らす
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野良猫が悠悠と行く坂道を吾の痛む足引きずり登る
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何時しかに母となりたる野良猫か五匹の子猫を朝陽に銜ふ
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子猫呼ぶ猫の鳴き声に気がつけば五匹の子猫三匹見えずして
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枝渡るリスの素早さに見惚れつつ痛むわが足休ませてをり
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目の前の枝を揺らして頬白が不意に飛び出す空青き丘
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おしゃべりは女の天性と嘯きて話絶えざる丘の早起会
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リタイヤかリストラされし人ならむ港見下し立ち居たりけり
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今朝逢へる翁は初の散策か傍見をしつつ林道を行く
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「児童囲棋」の看板著きビルの壁雨港なる名に適せる遊(すさ)み
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地震(なゐ)津波事故水害に日の本の友垣の安否気づかひて居り
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日本より巨災見舞の返事着く友と同窓皆無事なりと
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衣尽くし 保富洋一
これやこのあづま白衣むべしこそ君が御衣と慈しみけれ
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薄衣に透けて晒けて色白き絹と見紛ふ肌理よ麗し
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紅のさす頬もいつしか衣魚泳ぎ白粉で埋むる虫食いのあと
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火の華の天に弾ける脇にして風の肌蹴る夏衣見ゆ
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脱ぎ捨つる狩の衣の胸のうち明かし開かん唐衣の襟
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吾が袖を濡らす難波の秋雨も洗ひ戻せぬ衣の白きよ
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裁ち落とし破れ綻ぶあれやあの襤褸も羽衣恋ひすればこそ
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悲しみの小雪に縮まる皮衣吹きすさぶ風倦怠の夢
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論客は歯に衣着せぬ物言ひで濡れ衣着する口舌の徒なれ
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花咲かせころも見事なる海老天の身の痩せたるや羊頭狗肉
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釈尊が端布繕ひ糞掃衣(ふんざうえ)坊主磨くにゃお誂へ向き
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冥土逝く死装束は白くして愛しき衣は黄泉路への色
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言葉いらざり 毛燕珠
公園に日差しを受けてうたた寝す子らの歓声守唄にして
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観音の山に霞の迫りゆき仙人の島虚空に浮かぶ
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ひらひらと四月の雪の桐の花野をも山をも我をも潤す
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懐かしの歌口ずさみせせらぎに乗りてもやもや晴れてすがしき
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しとしとと春雨窓をうち濡らしわが迷ひをも洗ひて去りぬ
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五月雪と思へば桐の花吹雪人も車も浮き立ちてあり
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端午節町に粽の香り満ち忘れられぬは母の手作り
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詩人らの端午の風に集ひきてひげひねりつつ得意の字句を
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太平のこの世は遊び第一に明日は何処の空に遊ぶや
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白カミラきのふは木末今朝電線好きな場所よりモーニングコール
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川のごと流れ去りゆく歳月を惜しみて花を愛でてをりたし
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甲板に望月仰ぐ君と我心通ひて言葉いらざり
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風光りをり 柚原正敬
鶯も聞かずて花のいつか散り緑豊けき木々を見上ぐる
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かの禍をもたらし来る海なれど船工の祖父の愛でし海なり
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大地震(おほなゐ)にこきし情けを給はるる台湾にぞ生く日本精神
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登り来てこちごち見ゆる天草の島々わたる風光りをり
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子イルカも群に泳げる天草の浜辺に大き蛸の干し並む
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浴衣着て楽しみ待てどゆくりなき驟雨に泣き出す軒端のをさな
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椰子の実の海に漂ひ三十年を経りて届くを靖國に知る
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空と地の合はさる如く融けゆくを車窓ゆあかなく見続ける夕
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朝焼けの空ゆ吹き来る涼風を浴みて歩める桜の並木
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ペタコなる白き頭のほろろ鳴く鳥見まほしく聞き澄み歩(あり)く
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ホームにて求(と)むる冷たき缶コーヒーうなじにそつとをみなは当てり
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磯田なる白冷圳を築きたる技師を讃ふは台湾人(びと)ぞ
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