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16集7

台湾旅情       田上雅春

懐かしき第二の故郷台湾の此処は員林吾が恋の街

朝な(さ)に市を賑はす人の(かず)(な)す立つ此れやこの街

当たるとも当たらぬとても八卦をば彰かと化す大仏の寺

一文字に数詞の路名何処と無く心魅かるる基隆の街

御仏や天主、道教の神(ま)して慈愛有る街港基隆 (愛二路)

内外の隔ても知らに皆人の愛する街や基隆夜市(愛四路)

日本の終い弘法(さなが)らに身動き取れぬ台湾夜市

何処とも日毎夜市の開かれて賑はふ台湾日々が縁日

週末の夜ともなれば己が意の儘にはならぬ夜市(いち)の人波

人混みの中にて形振り構はずに頬張る屋台の味もなかなか

違法なる路上出店の品定め値引きのさ中不意に消え去る

警察の巡回なんぞ知れたことほとぼりさむれば直に再開

 

 

 

世紀の賭博                      陳皆竹

父祖ゆかりの鄙辺の地なり心して教壇に立てと(こ)を諭しやる

紙の如うすき石鹸を捨てかぬる昭和一桁を子らは嗤へり

そのかみの纏足絶えて若き子のしゃなりしゃなりのハイヒール行く

素浪人宋省長の乾坤の一擲成るや世紀の賭博

赤襟の服見よがしに陣笠連議会で道化大見栄を切る

女形がにマスコミの前でよよと泣く宰相の演技役者顔負け

迫り来る総統選のあけくれに静心なく関ガ原を憶ふ

チャイニーズに翻弄されし六十年搾取放題蓬莱の島

海行かばと海行けばとを説明す四段活用で日文生徒に

下司っぽくも甘きマスクに投票する芋のなでしこ浮ぶ瀬のなし

東北の大き津波に比ぶれば妻は安らけき大往生なり

亡き妻の翡翠の腕輪は紛ひ物高値で買はれし香港記念

 

 

 

お山の一日                    趙寛寛

森林の中に建てられし養生院ひねもす聞こゆ鳥の囁き

蝉しぐれ昔のままに賑はひて孫達の顔急に浮かび来

何年も聴かざりにける蝉しぐれ今日も賑やかに迎へてくるる

目覚むれば蝉の合唱にぎやかに今日も始まるお山の一日

夜もすがら降りにし雨のよく晴れて新しく生きむ台北の朝

そよそよと頬を撫でゆく朝風にこの世の幸を満喫してをり

朝まだき遅き歩みの古稀達とお早う交はし太陽迎ふる

草いきれ浴びつつ今日ものぼり行く小鳥等のコーラス始まりてをり

すし一つつまみてくるる姉の手のいとも細きに心の痛む

急患にていそぎ駈けゆくドクターの後姿にしばし見惚れをり

歌会に出で向く朝のうきうきとはしやぐ心つとおさへつつ

久久に孫の訪ひ来る知らせあり指折りかぞへる昨日も今日も

 

 

 

誰が生徒か先生か                 陳秀鳳

入試終へ働くべきかボランティアか孫迷ひつつ先づは遊ばうと

乗り継ぎを四度重ねて同窓会来月(つぎ)もまた会おう八十路の友よ

耳立つれば南風(かぜ)に流るる蝉しぐれ心地よきかな孤独のひととき

同窓会誰が生徒か先生か米寿も傘寿も同じく白髪

ユーモアに富みてお洒落の好きな恩師米寿の今も若さ溢るる

吾と夫と日々競ひ合ふ皿洗ひ姑在ますれば如何に思ふや

夏負けの小鉢にそつと紅き花つひに見つけた小さな秋を

セントポーリア枯れてさびしや暗き庭クチナシ咲きて胸に灯ともる

飛行機雲空をひとすぢ果てもなく遠出出来ざるわが身を載せよ

米寿なる恩師未だに慕はるる傘寿となりし愛弟子達に

癌末の教へ子目覚むれば「今日もまた一日得した」と明るく笑ふ

朝陽浴び秋風頬を撫でてゆけば夫と歩まむ五千歩目指し

 

 

 

若き日の文芸素養の回顧                陳珠璋

小学の南部旅行の感想を校刊に載せし想ひ出深し

兄上の日本留学見送りの惜別場面作文「甲」評

光復後作詞稿なる「新世代」佳作賞金十円を受く

二十歳の日三首の歌を作り上げ曲に附されて唄ふ楽しさ

自然には短き三月春なれど我が身に願ふとこしへの春

父親の請負業二十年「希望の黎明」歌詞(うた)捧げたり

三條の白線帽に胡蝶蘭校友(とも)の契りをかたどりうるはし

予科時代森厳深き芝山巌六氏先生偲びつつ登校

大屯と七星の峰仰ぎつつ高き学びの道を歩めり

ボート漕ぐ淡水河の流れより遥か眺むる観音山を

坂登る疲れかまはず香を焚く仙公廟に集ふ人波

初めたる恋情の道辿りつつ「千歳の玉」を綴り始めり

 

 

 

君在らば        陳瑞卿

「アメリカでの半年はとても楽しかった」アルバムの君吾に話しかけ

朝なさなカァカァと雁人の字に空の彼方へ消ゆるを見守る

一晩に雪の積りて皆興奮初のダルマをはしやぎ作る

満開の枝垂れ櫻の並木道二人の散歩は昨日の如し

未明に起き日の出拝まむとカメラさげ胸ときめかしあの日あの時

君と食みし東海岸の「大龍蝦(ターロンシャ)の稀なる美味に二度とは會へず

急変で急救車にて運ばれし君のまなこは隣に気がね

君在らば朝に夕に待つ末孫を肩車にして人らに自慢かも

宿願の白衣の夢を末子(こ)の果せば君は何処の星にて護らん

君愛でしカツラ咲きほこり番蝶のひらひら追ふさま仲睦まじく

歌会に四回だけで逝きし君今はあの世で恩師に習ふや

居ごこち良き天母に移り君在らば何如程の至福や薄幸儚し

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