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16集11

禅の一文字                     李錦上

俎板に残る鱗の乾反りつつ津波被害のあれこれ思ふ

たつぷりと筆にしみ込む墨の香を白紙に揮ふ禅の一文字

見渡せば水天一色高雄港積み木が如き荷船出でゆく

ジャスミンの清しき香漂ひて星降る庭に戦時を語る

「玉砕」も死語となりしか吾の描きしサイパンアッツの地図に思ひあり

潮風に吾が身奪はるる心地して鵞鑾鼻岬杖つきて見る

風に道小鳥にも道あるものを吾が辿り来し八十路険しき

北風の寒き街角樹蘭花の香りゆたけく人とつきゆく

退院の友を訪ねて辿る道喜びかすかなる星降るかなた

衰へてゆくはししむらのみならず艶なき夢の冷たき夕べ

青信号消ゆる間際を駆け足で塾目指し行く子らの夕暮

揺り椅子に微睡む妻の手の本は開きしままに夢物語る

 

 

 

心の扉を開けて                   劉傳惠

夏過ぎて涼しくなりしが図らずもまたをクーラーにて暑気をば払ふ

時折に友の痺れを見て知れる我が身の兆しひそかに恐る

母の忌に懐かしきかな薑母鴨の美味しき味の蘇りきて

風に舞ふ落葉を踏みて見上ぐれば雲間に沈む夕陽の笑顔

茫茫と生えたる庭草妻の手にて瞬くの間に花を咲かせり

秋なるにクーラーの音に醒まされて未だに残る今年の暑さ

秋空に孫らの声す仕草など実に可愛ゆしまた春の来る

日の本の大地震思へば今も浮かぶ九二一の屋外の暮らし

頑張れと気持ちを短歌(うた)に君好むアサガホの花常に咲かする

池の辺のベンチに坐り居る老友(とも)の常に同じ姿勢してをり

からころと音立つる下駄耳障り迷惑なれどあらがひもせず

厳として聳ゆる中央山脈(やま)台風に遭へば遮り災害防ぐ

 

 

 

幸せの午後                    劉心心

扇風機回り始めりこの風を心地よしとする時季となるかな

空青く萌黄の田畑広広と光溢るる我がフォルモサよ

この服を再び着ける日ありやと冬着仕舞ひつつ思ふ歳かな

憂ふること多き日日なりわが文の世に問ふあした近くなりせば

事事に亡き人の事思ひ出で我もそちらに行く日近しか

引き出しの奥より出でし古造花八十路の姥の遠き思ひ出

枯れて尚いよよ鋭きバラの棘その悪しき名を君は知らずや

世の中はままならぬものこの雨を慈雨とふ葉あり散る花もあり

秋雨の床一面に花散らせど葉は生き生きと艶を増しをり

行儀よく二着の寝巻き並びあり年寄り夫婦の寝姿に似て

宿題の一首提出ほつとして伸び伸び昼寝幸せの午後

人知れず涙せし日も有りたれど「五年生存」今宵果せり

 

 

 

再会          林月雲

花市の香に包まれて老いふたり再会久し刻を忘れて

をかしやな歩行器同士の似た者が家族づれにて奇声どよめき

夢にさへ想はざりしよ同窓会花の路傍で逢ひ見む老いは

グルメ売りあつらへ向きにイス有りて友は変らず楽天家かな

若きらは席をはづして気をきかせ花にさそはれ遠のきにけり

言はざれば知る事もなきわが友の癌患ふとは見えざる気炎

などかわれ虫の知らせかドキリとし受話器を取れば友の嫁の声

なきぬれしふるへ声にて義母の手にテレホンナンバーありと知らさる

今日は友明日はわが身と想ひしもなどか長らへ幾星霜ぞ

手をにぎり再会約せしぬくもりは時経つれども昨日の如し

何故に生まれ来しかと友の声耳元に残り永久に消えたり

ほめそやす気だての嫁にぞ守られてさぞかし友は安らぎ逝きたる

 

 

 

熱き目なに                    林聿修

ほのぼのと安らぎの湧く留守居の夜の受話器に響くみどり児の声

野鴨にも憂ひのあらむ啼き交はす声のくぐもりわが裡濡らす

人知れず(あ)れ滅ぶ鳥けものらよ至らぬも吾は惜しまれ逝きたし

稲刈りの落穂拾ひの帰り路夕日(ひ)の静けさに亡母(はは)恋ひし兄と吾

父母の縁薄き吾と知る由もなき外祖父(そふ)の付けし名祈りにも似て

徴収に消えし実家の甦る荔枝・マンゴーの市賑はふ夏

明け初むる庭に一夜の務め終へて散る夜来香のかそけき香のこし

薄れゆく八十の記憶にまざまざし見合ひの席の詰衿の彼

オフィス退け一人ゆく背に気配して振り向けばストンと夕日の落つる

お月見の庭にぬかづき息災を祈る纏足の祖母熱き目なに

中秋の宴に招かるるも足向かずソマリアに飢うる七十五万人に

終の日の安らかなれと延命治療の拒否願出す八十一いま

 

 

 

「静思語」       林素梅

月一度集ふ歌会の楽しみは作歌の勉強歌謡の合唱

嫗吾朝な夕なに指折りて三十一文字を綴り推敲す

曾孫は「阿祖(アツオ)と呼べず只我に抱きつくお(ツム)幾度も撫でやる

時折りに「米寿的回憶」返り見てありし日の我己励ます

カラオケに恋歌うたへば思ひ出す青春の日は又と返らず

秘め持ちし昔の恋文読み返す八十路の胸に甦る夢

柴田氏の「くじけないで」の金言は世界の人を教へ導く

繙ける證厳上人の「静思語」は愛心啓発の修身聖書

諄々と道説く上人観音の生まれ変りと畏み見詰む

濁り世に心煩ふ時の間を「静思語」読みて心和ます

凡人の心を見透す上人の(マナコ)の光清く気高し

願はくば清き光りに洗はれて罪ある此の身修め行きたし

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