16集1

大和追憶        石瀬俊明

若き日に徒然なるまま辿りたる大和のをちこち想ひ出さむか

七堂の伽藍ゆゆしき當麻寺人影もなく寂れて居たり

佐野の渡り何処ならむと彷徨へば枯れ野をつつむ雪とはなれり

駅降りて野道を辿る法隆寺世界最古の巍巍たる世界

日本武尊額田女王も歩みしか山の辺の道梅の咲き居し

葛城の稲田の直ぐ道行く先に籠りてありし鴨の御社

二上の山の頂吹く風に身を任せ居し失恋の日の

観光客の去りし如意輪堂庭先に寺僧らゆるりと語らひをりき

しきしまの大和国原見はるかす崇神天皇陵の高き土手道

王朝の臈たき女流の慕ひたる長谷の観音地湧の菩薩

夕暮れてずしりと重き石舞台岩の下など潜りてみたり

帰り路の桜井駅のおでん屋で一日の疲れ想ひ巡らす

 

 

 

牧場         温西濱

いういうと草場に遊ぶ牝牛の背たくましく元気に充ちて

草刈機の音さはやかに響けども働く人は玉の汗掻く

さっぱりと夕立止めばくさむらにしきりなく虫の聲のさはやか

牧草を刈りたる後にあちこちと羽化せし蝉の抜け殻数多

こほろぎが細々と鳴く納屋の裏何とはなしに郷愁誘ふ

雨脚もまだらになりて夕暮れの叢に虫の聲のひそけさ

新藁を積みたる納屋に晩秋(あき)の陽が差し入りて甘きにほひを放つ

汗かきて牧草を刈る農民の素肌に秋風さはやかに吹く

夕照りに白穂なびきて牧草園夕影薄く晩秋(あき)暮れゆかむ

くさむらに虫の音すだきくらがりをゆけば夕顔の花のさびしく

牧草は一面の霧放牧の乳牛(うし)の背より澪ポタリポタリ

麗らかな春日和乳牛(うし)を放牧し萌ゆる若草飽食さする

 

 

 

偶感                        歐陽開代

アメリカの太刀さばき今衰へてドルは暴落赤字止まらず

黄昏に溶け合ふ二人の楽しみの和歌漢詩と友との付き合ひ

植物園風さはやかに蓮匂ふ草に寝転び歌ひし我らよ

草山に花咲き乱れ風香る蝶の群れかと見ゆる人波

桐の花さき満ち渡り久しくもやうやく梅雨の来たり潤す

震災にあまたの人の逝きたれど望み與ふる赤子の誕生

李総統台湾維新の名は永久にされどつづくる侍何処

遺すこと勿れ美田を子や孫に栄えの道は学びと勵み

常闇に覆はれゐたる世の道を友と家族の灯火照らせり

天の川廂の上にまたたきて銀の月影まろき秋の夜

鳴きやまぬポチは友なり二十年のそを置きて今草山を出づ

八田与一の影尚濃ゆき烏山頭金の穂波に農夫微笑む

 

 

 

感謝                      北嶋和子

昼日中初夏の陽気のやうなるに今朝も着る服決めかねてをり

一〇三歳祖母は天寿を全うし明治女の香り放ちて

花束の如群れ咲きて相思樹の黄色き花の辺りを照らす

雨上り待ちかねサーファー波目指す亀山島に光満ちたり

影踏みに興ぜし我のかの日より年たけていま陰求めをり

朝まだき市の娘の笑みさやか一日(ひとひ)の用意整へ終へて

柔風の緑の草をそよがせて友と語らふ道麗しき

社員らを家族のごとく育てたるその心意気胸を焦がせり

五十余年夫人と共に歩みたる苦楽の道の輝きて見ゆ

並び立つグレーのビルの夕陽中姿瀟洒に影絵となりぬ

退けるや彼の(ひと)の笑み温かし今日は如何とつひ捜しをり

津波襲来村護らむと叫び逝く乙女は生命の砦となりて

 

 

 

山川移らず                      顔雲鴻

朝の陽が出づれば山の雲の様日毎変はるも山河移らず

仲秋に子らは帰らず月を見ず花火も見ずに独りそば食ぶる

短歌集に逝きし友への歌読めば生前の顔鮮やかに浮ぶ

テロ津波台風地震土石流火災等皆人類の業ぞと

関東の震災津波の災害に末日の予言信ぜむとせり

幾十年この世に生享け書き残す心の声は詩集「鳥が鳴く」

幾年もテニスのモーニングコール球友(とも)ありて八十なる今も体健やか

「ごろごろ」の稲妻に孫青ざめて母の懐に慌て跳びこむ

幼な孫と八十爺戯れ「ワンワン」「ミョウミョウ」叫びて咬み合ひにけり

爺の腹を枕にしたる孫女は今窈窕となり高校生に

兒の守りは嫌と此の爺言ひたれど孫居ざる日の何と淋しき

仲秋の花火遊びは楽しくも騒がすまじよ月見の夜を

 

 

 

あな悲し                      呉炎根

あな悲し台湾人は政党の権力争ひの一票にすぎず

かかる民にかかる政府あり義務のみで権利のなきは奴隷ぞと知れ

政府ありと思ふ馬鹿者が居る限り台湾に明日は無きと知るべし

インフレはおそるるに足らず四万円の一円になるにはまだまだ間あり

大学を出ても将来(さき)は闇サラリーも外労なみでは角帽も泣

コソ泥棒(どろ)は罪にとはれ大泥棒は成功者として世に君臨

今までは台湾人と胸張れど塑剤の悪行に羞恥と怒りを

昔からままにならぬが世の中で(まま)になるのは米ばかりといふ

便利にと工夫こらせる日用品使用のたびに嫁の顔うかぶ

博士二人育てし賢母の嫁にしてダメ母の我一目おくなり

娘とは父親の前世の恋人と息子(こ)親ばかぶりにうなづきゐたり

嫁と(こ)のちがひは(こ)には小言言へ嫁には遠慮のあることかもと