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15集9

寒暖線     游細幼

精密なる天気予報の寒暖線美しきデザインの如く画かる

雨止みて基隆川を跨ぎたる夕虹たちて天地を繋ぐ

まどかなる夕虹たちて遠東大橋渡る車はみな虹の中

慌しく流るる雲にただならぬ台風近づく予感ありあり

苛立ちを胸に堪へつつ過し来て夕べすがすが遠雷を聞く

流れ星落ちたる果ての向かふなる内湖の街灯まぼろしに見ゆ

十六夜の月しらじらと照る夜道歩幅にあはせ従きくるわが影

豆電球まとふ街路樹は新世紀に挑む変身に夜ねむらせぬ

鯉泳ぐ池の噴水に小さき虹顕ちたる庭園にふと立ちすくむ

清明節陽光あまねく観音山の秀峰雄々しく空へ聳ゆる

登り来し白鷺山より見下せば文湖MRT線の電車の小さき

夕暮れの空凛として一望の漁穫を兆す鰯雲あり

 

 

 

ここだの情け                   柚原 正敬

火の気なき宮居の庭の祈りより年の明け行く我が御国風(みくにぶり)

台湾の留学生も皇居にて新年(にひどし)祝ふと聞くぞ嬉しき

台湾に贈りしさくら今年また咲き初むと聞く春は来にけり

隈なくも石神井川を流れ行く花の筏に花のしきふる

雪かとぞ見紛ふばかりに散り敷ける桜踏みしめ家路をたどる

朝なさな絡み伸び行く朝顔のさやけきさまにわが身さはやぐ

五十にもならで逝きたる吾が父の手帳も並ぶ本棚の隅

曾祖母の身罷りし夜の祖母のかく火箸の音のかそけかりけり

春に愛で夏に憩へる桜木ゆ豊けくいろふ朽葉しきふる

やうやうに河津櫻の葉も(いろ)ひ今年も師走となりにけるかも

生き延びて生き延びて顕つ大地震を乗り越え見ゆる日の本の道

この禍を我が事のごと憂れ給ふ台湾(びと)のここだの情け

 

 

 

心も光る    姚望林

笑顔にて身振り手ぶりの母子たち小学一年の下校の姿

妻の留守家中の靴取り出して底まで磨き心も光る

市場にて捨て菜の葉をば拾いあげ段ボールに入るる媼の姿

朝食をバルコニーより眺めみる青山碧水仙境さながら

黄昏に瑠璃に輝く日月潭波止場のともしび湖面に揺るる

良き天気地に蹲る鳩一羽仲間は空を翔まはりをるに

水筒とタオル日傘を携へる今年の外出三種の神器

ビルの上に向き大きな提灯と思ひしにそは十五夜の月

静静と真っ赤な太陽沈みゆく椰子の葉かげで夕べの祈り

バーベキュー月見の後の塵の山月は雲間にかくれて嘆く

風呂上り鏡に映るわが裸身ロダンの彫刻うらやましきかな

壁の隅小さき網張り餌を待つ二ミリ程の蜘蛛たくましきかな

 

 

 

小さき生命                    頼淑美

静もりて短歌詠む心湧き出でず窓辺の花の揺るるを眺む

被災地に歌声響かせ若人は思ひ出抱き学舎を発つ

家もなく親なく子なき人思えば今朝のコーヒー飲むをためらふ

紅に染まれる雲ゆ一筋のひかり射し出づ新しき朝

茜雲背に負ひて立つ濃紺の山くっきり浮ぶ夏のたそがれ

絶えまなく雨降りしきり秋深し泣くが如くの窓鳴らす風

茜雲やがて波間の漁火に潮風かほる巴里(島)の夕暮れ

大空に黒きベールを掛け渡し霧雨寒き冬の夕暮れ

夜深くビルの隙間や月冴えて谷間の屋根のいよよ明るし

古き鉢ここにも小さき生命あり風に背伸びするピンクの花の

若き日に君と歩みし川沿いの今宵の道に孫の靴音

除夜の鐘紅白の歌聴きながら交わす盃に幸の溢るる

 

 

 

小さきメモ帳          李英茂

大地ゆれ津波に町の呑まるる日庭の椿の赤き血の色

わが涙悲涙感涙こもごもは被災にめげず生き抜く人ら

黙々と未曾有の試練に耐へしのび復帰に励む人ぞ麗し

含笑花枝葉せましと咲き匂ひやがて散り敷く白き花びら

ヘルメット朝の出がけに手伸ばせば宿借りし蚊のあはて飛び出す

窓に来てわれ呼ぶ鳥よ今朝もまた目覚まし時計時分違はず

よき夢のやよ忘れじとわが枕そつとしのばす小さきメモ帳

ノンフィクション急ぎて出版しつれども訪問受けし人すでになく

診療を待つ人らにも希望(のぞみ)あり元気に病歴語る先輩

ふるさとを巣立ちし鳥も杳き日の朽ちし廃家に住む人もなし

あゝあれだひと目でわかる亡き友の面影宿す青年凛々し

母さんに連れられはしやぐ子おぢける子春日うららの入学の朝

 

 

 

ダイヤ婚    李錦上

うかららに囲まれ祝ふダイヤ婚二〇一一年一月二十三日

一生とふ旅のもなかの仕合はせに廻り合ひたりダイヤ婚の年

欲などはすでになけれど空に向き両手伸ばして背筋を伸ばす

灯の光を硯の陸に混ぜ下ろす一筆心さだまる

親指をしっかり握り言ひ出せぬ心の奥の言葉を握る

村一つ丸呑みにせし八八に五十年前の八七思ふ

数百の人命奪ひし土石流小林村は移村を拒む

遠き日の日本の地図の台湾を孫らに説けば胸わびしかり

廣島の平和公園の写し絵に亡き友偲ぶわびしき葉月

秋あかね肩にひたりと翅休む夕日はろかな野に孫と立つ

ぎこちなく漕ぐ車椅子見かねたり吾杖つきつつ後を押しやる

教へ子も六十路の年を越えたれば二十歳の教師吾も老いにけり

 

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