小さき幸せ 陳秀鳳
愛孫の好みに合せいそいそと厨房に立つ小さき幸せ
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人生の苦楽を共に歩み来し長くて短き結婚五十年
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目に浮ぶおさげ姿の恩師はや傘寿なれども才媛変らず
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季来れば競ひて咲けるアマリリスわがもの顔に庭をば占めて
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飼ひ主と見まちがへしか手の掌(ひら)にやさしくとまる迷子の小鳥
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かぐはしき銀木犀にふるるたび植ゑくれし母の面影偲ぶ
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旅先にて見つけし足湯吐息はき桜島(しま)を愛でゐる道草楽し
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「慌てるな、足元見よ」と夫の声支へ気づかふ心うれしき
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枯れ死にと思ひし去年の夏菊の何時しか新芽つづきて開花
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日当りや水など世話も変らぬにつつじが一本寂しく枯れぬ
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街頭でガイドの話に耳立つればバッグを狙ふ女スリの手
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剪定を忘れ伸びゆくハイビスカス路地裏最高つひに天下取り
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只一すぢに 陳淑媛
震災に日の本の民雄々しかり秩序守りて世の鑑かな
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海水に浸りし桜咲き初めて被災の民を労るごとく
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街並にそひ咲き盛る花ツツジ蓬莱島の春たけなはに
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ハイビスカス峻烈に赤き台湾は亜細亜の孤児の我らが故郷
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万緑の島に吹き来る風涼し里の梢にペタコの囀り
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我が家とは何なるらん子らそれぞれに巣立ちゆき家のみ残されて
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栴檀の花咲き香る夕映に霞みて靡く杣の我が里
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帰り来て散りしく枯葉集め焚く春風そよぎ煙たなびく
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来世とふもの若しあらばまた親子でありたし共に縁信じつ
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大陸の観光団は嬉々として二二八記念碑を参観す
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ベランダのブーゲンビリア一面に紅散らし咲く真冬の空に
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限りあるこの命なりみ仏に仕へ奉らむ只一すぢに
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十一人目の末孫 陳瑞卿
子生まぬと言ひし末夫婦犬を飼ひ婚後九年にをの子を生めり
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類を見ぬ寒波連発に高熱出し半年間に三度も入院
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子育ての「眠りなよい子一晩に一寸伸びるよ」今孫に聞かす
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春訪れ元気旺盛恙なく育ちようやく愁眉の開く
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いつしかに客間は遊び場山ほどの玩具と棚には絵本がぎつしり
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本めくれば仔細ありげになんなんと声出し童話の世界に没入
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孫と犬は仲良しこよし目放てばチャンスとばかり孫の口を舐め
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ハイハイで一等もらひ賞品のシャボン玉水は澱粉と言ふ
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マリ投げで犬が見事にくはふればパチパチと拍手を送る
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早きもの曾孫より二つ半下の末孫は五月の末に誕生迎ふ
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願はくば孫の成長を末永く見守りたきは叶はぬ夢か
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もくもくと詩情湧き出でペン先のすらすら走る春さむの夜
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心の憩ひ場 陳清波
年老いて関白亭主シャボン玉かかあの天下に子らの助太刀
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アメリカに怪石一つ落とされて無数の死傷者に後遺症いつまでも
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幼な時の澄んだ青空なぜ恋し今は灰色見る影もなし
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傘さして登る山道ポトポトと葉末の雫太鼓の音色
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地震津波家ごと失くし生命拾ひ家族の行方今はいずこに
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母逝きて甘ゆる人なき老いわれに孫ら競ひて我に甘え来る
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暮なづむ夕空に見る流れ星夢多き過去胸をくもらす
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傘杖を頼りに歩む老いの友山路も自由なる我は幸せ
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心して南無阿弥陀仏称ふれば六道離れ極楽浄土へ
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白き息吐きつつ登る圓山路体ぽかぽか頬っぺひりひり
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登りては下る山道峠づたひ草原左に右は海原
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吹く風にさらさら奏づる竹林風柔らかき調べ何を訴ふるや
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春一番 鄭 静
ふるさとの町に抱かれあの顔にこの声に笑めば心温もる
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公園の風と光にたはむれば空は夕焼け茜に映ゆる
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散歩道風にさそはれ野を行けばゆくりなく咲ける野の花一輪
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朝ぎりにぬれて囀る小鳥達春一番の真っ最中に飛ぶ
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パソコンに映る美しき我が祖国つなみが情(つれ)なく消し去りゆけり
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大津波に大和魂負けるまじと勇気を奮ひて起ち上がりませ
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一枚の賀状やうやく受け取りて心明るく新年迎ふ
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ひめやかに桜の咲ける靖国にみ霊の声をと耳澄ましたり
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五月晴れ同窓会に友集ひ真鯉緋鯉の泳ぐを仰ぐ
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たまさかに牧師邸宅おとづれて学ばむとする聖書の奥義
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春されば竹の子林あまく香り土がふつくりもり上がり来る
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竹の子を堀り上げ一口噛みたれば香りとともに喉元甘し
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時雨 鄭 昌
風薫る五月の山に来てみれば桐の花こぼれ雪かとぞ思ふ
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おだやかに晴れ渡る日日山里にかすかにただよふ夕げのけむり
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北風のカタコトとなる窓の辺にふる里の冬をなつかしと思ふ
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葉のかげに残る果実を守るがに晩秋の日は暖かくそそぐ
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穂すすきの沢田の原の頂きに今宵の時雨ななめに降りて
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ガジュマルのトンネルの道落ちてゆく黄ばみし枯葉寒き冬のあさ
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友賜びしはち植ゑの四つ葉のクローバ紫の花今咲きにけり
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冬の暮れ水車の音を聞きながら旧正も間近と若き日の吾
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山里に白き煙の立つ頃はいかにおはすかわが父母は
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一夜にて落葉づくしの道に立つかすかに見ゆる朝日の輝き
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見上ぐれば雲は流れて梢には目にしむ如き若葉の芽生え
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ラベンダーぐんと伸びをり紫の小さき花は風とたはむる
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