花売り 周福南
街角の花を売る娘のその笑みに香り弥増す春の明け
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南風吹けば穂を出す麦畑蛙の声も聞く花曇り
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舟ばたを掴む夫婦の手の力鳴門渦潮白波高し
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笛太鼓三味の音響く阿波踊り友がき結ぶ熱きひと時
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せせらぎに魚群の遊ぶ緑陰を行けば心も澄みわたるかな
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太閤の巨城輝く堀端の桜満ち満つ民のオアシス
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那智の峰とどろく滝の白しぶき浴びて千歳の杉緑深し
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平安のせせらぎ戻る堀川に桜舞ひ散り木の葉と競ふ
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しっとりと大地潤す穀雨の夜稲妻走り夏はすぐそこ
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春雨に新緑萌えて清清し今年も豊年豊作祈る
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残雪にホルン響きて山開き流れきらめく河童橋渡る
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驚きの雪壁の道続きたり真白に輝く雷鳥の里
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人生 徐奇芬
子らが為精費して老い迎ふこれが人生昔も今も
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生き別れ死に別れある世の中に息づく我も何時か去りゆく
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闇を打つ雨音に耳傾けて思ひ走らすあの子この娘に
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目を閉じて逝きし人々顕たしめば町灯の如く胸にまたたく
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夕映えに浮き立つビルの立ち並ぶ街の角っこに小さく我が居る
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真昼中地下鉄工事の人夫らの汗にまみれる顔輝やける
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目を閉じて数珠数へ居る媼ありバスの奥なる席に坐りて
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雑踏の中を逃れて帰り来し斗室に点る灯し火温し
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雨霽れて急ぐ行手は何処かや飛ぶが如くに散りゆく白雲
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越えて来し苦難の数に浮かび立つ静もる今夜しんしんとして
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遂にして会へざるままを逝き給ふ恩師顕ち来る雨を聞きつつ
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成り行きに任せて生くるとふ事を肯ひて来しわが八十余年
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市民の翡翠水庫 曾昭烈
満満と真水を湛へしづもれる市民の水庫を翡翠と呼べり
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新年の葉書を送る片隅に色えんぴつで兎を跳ばす
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又いらっしゃいと笑顔の別れ帰国後もふと思ひ出すひとりの住ひ
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持ち物を残して行くのを死去といふ余計な遺産は災ひのもと
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晩節に入りても刺激求めむと一人ネオンの町に出で来つ
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水ぬるみ赤く淀める新店渓鮎釣る昔に思ひをはせて
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食べ捨てし枇杷の種芽を伸ばしたり借家の庭と知るや知らずや
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有機作をうたふ朝市ござ敷に完熟のトマト吾を呼び止めり
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後しばしの短歌楽しまむと生きてゐるわが人生の中の一日
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ケイタイを切りたる後の微笑みを向ひ席に見る今日は母の日
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新婚の昔の二人に戻り来てあまたの茶碗を背に夕餉取る
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亡き父の残せる杖の握り柄は左利きのわれ不都合のなく
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パイナップルの丘 蘇楠榮
照子女史「いつかパインの歌をも」とのたまひたれば脳しぼり見る
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木に非ずパインは草本実は上ぞ一ヘクタール約四万株
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台湾のパインは一万ヘクタール世界三位の生産なりき
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水はけの良き酸性の土好むさればパインは丘陵のもの
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命を受け古きパインの農場に水電引きてラボラトリー建つ
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我が場は古坑の村より五十分徒歩にて登る山の辺の丘
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緑濃きパインの丘ゆ見おろせば朧に青し夢の国原
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母連れて赴任せし時我二十五(ふそい)三十三まで山と睦びき
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赴任まへ会ひし妹子が明くる年山を厭はず我に嫁ぎき
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週末は人無きパインの畑めぐり若き二人の飽かぬさすらひ
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星の夜の畑路にすだく虫の音を共に賞でにし数知れぬ宵
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夢と去りしパインの園は我が試練新妻が丘子等の天国
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ヨーロッパの旅 蘇友銘
ローマにて来し道知らず一跨ぎバチカン市内の聖堂仰ぐ
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ゴンドラにてベニスを巡り民謡を聞きつつ揺られゆられてゆけり
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ナポリ湾サンタルチアの海辺にて「帰れソレントへ」を二人で歌へり
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ライン河の流れに沿ひてローレライゲーテの悩みワグナーを思ふ
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アルプスのロープウェーより見下ろせば放牧の牛の鈴の音がせり
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テトリスの氷の山の頂上にてまづき中華の弁当を食む
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ウィーンの森から遠くを見渡せば市街宮殿ドナウ河見ゆる
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きらびやかに凛々しく雄々し衛兵のバッキンガムの交替式は
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ロイヤルの女性警官馬上よりバッキンガムの観衆見下す
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パリの夜エッフェル塔に凱旋門シャンゼリゼ通りを妻と瞠(みは)れり
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セーヌ川パリの夜景は小船にてバンドとピエロに船内賑はふ
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オランダの風車の小屋のオルゴール今日も又孫の鳴らすが聞こゆ
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日本の空港 曹永一
通関に指紋と写真撮るならば窓口増やせ日本の空港
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老人の坐るを待ちてゆっくりとバスは発車す良きドライバー
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二十年過ぎて来たりし坪林は山水変らず人のみ老いたり
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鬼集め三途の河に相撲取ると歌ひし友よ逝きて三年
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生ありて死あるは自然の道理なりすべて簡素にひっそり逝かむ
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観光客日本を避けて寄り付かずかかる時こそ我ら訪れむ
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北海道二万を出せば五日旅原発事故のお蔭と知るべし
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台湾に福島の如き事故あらば何処に逃れん神憐れみ給へ
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百年祭り台湾と何のかかはりなし中華民国消えて久しく
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振り返る勿れと心に誓へどもついつい過去にさまよふ八十路
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国ありて無きが如きの台湾よ小さき国国羨ましかり
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亡き母の夢見し夜のわびしさよ不幸許せと両手を合わす
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