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14集9

つつましき昔                                     鄭 昌

朝顔の支柱に余るつるのびて風ふくませて人呼ぶごとく

張り替へし真白き障子に木もれ日のきらきらとおどる如月の午後

夜なべして仕立て物する母の夢いつでも夢は針を動かして

蕗の葉にホタル草を摘み母へにと帰りし日日はつつましきむかし

何となく秋の気配のしのび寄る時はゆったり月日もゆったり

蝉時雨ふる公園に大人らの声消されゆく葉月の終り

落ち着きて食べる朝食涼風の窓の向ふで鳩が見ている

雨上がりぽっかり三日月姿見せ早苗田青し山里の夏

玉になる汗拭きとりて日を睨むアゲハの羽より青葉を見たり

さるすべり重げにゆらぐ紅房の窓辺の向ふに湧きいづる雲

ふた房のブドウいただきしみじみと掌に伝はり来る秋のおとづれ

ありなしの風にゆれゐるつるバラに母重ねをりふる里の秋

 

 

 

終戦                                             鄭埌耀

ガーガーと鳴り続けたるラヂオに向き最敬礼の号令下る

陸軍が未だやるからと言ふなれば「ハイサヨデスカ」と壕掘り続く

死の恐怖無くなりたれば内台人の一蓮托生は天下泰平

父の日のケーキにナイフを入れにつつ爺の日でもあると小さき孫言ふ

女にて混むエレベーターの片隅におびえはせぬと息をひそむる

身に降りし重荷は如何に堪えむとや妻呆けたりと寂しき声に

しんしんと付き添ひも寝入りし病室に八十六となる年齢を思ふ

オペの後急変もあると病床の寝ねがての耳にささやくがあり

又一羽舞ひ降り来たりパン屑を散らす男に雀の群るる

散歩の時間着きしと告ぐる犬の声低きがやがて癇癪玉となる

支那人を総統に選りて国売られ支那人(ライ)と騒ぎかしまし

赤襟の制服哀し台湾籍の議員があまた国民党に拠る

 

 

 

朋友                                             潘建祥

Dearを冠して呉れたる文受けて若き友あり誼み築きゆく

年毎に束なす書翰山と積み友好繋がり切手も愛でむ

病弱の歌友を見舞ひて宅訪へば言葉弾みて共に涙声

歌の道歌友ら挙りて吟行を四方より集ひ身内がに見做す

里ゆけば埔里はよいとこ酒の街矍鑠老友赤鬼と化す

平埔村乃木に似顔の武骨友地味な筍粥で昼餉を興ず

句の道で百年歴史のサインズ誌俳句教室で諸句友を識る

この島で生まれ育ちし日本の諸友(とも)島を愛して永久に変らず

信仰のみ内に在りて覚え合ふ祈りの友や増えゆきにけり

主イエスのみ内に在りて朋友を越し兄姉と称へ親しみ合へり

イエスこそいと崇高なるわが友よわれを顧み生遂ぐるまで

水災で蘇花に散りたる同胞よ「鎮魂」の一詠諸霊に捧ぐ

 

 

 

孫二人                                           潘達仁

八十越して得たる孫二人純ちゃんを姉に伊ちゃんが妹の姉妹

純ちゃんが算盤一級の免許取りて免許証書を我に見せくる

ピカピカのランドセル背負ふ一年生女孫の踏み出す生徒の第一歩

小一の入学式なり純ちゃんを我と次男が校門にて待つ

学校の課目表を読み下す女孫純ちゃん今日より一年生

見渡せば港の水面を鷹十羽訪ひくる季となりにけるかも

道の辺の只一本の(かへるで)が秋を匂はし一際紅し

朝の丘名の知らぬ木の実の熟れたるか小鳥の群の飛び交ふかしまし

秋闌けて枯葉敷く丘を染むるごと木槿の花の今盛りなり

翁らの相継ぎ逝きし早起き会ダンスにカラオケ媼らの天下

生き甲斐がカラオケと言ふ媼らが拳を打ち初む朝陽登る丘

八十越して背丈縮みしかこの日頃背を伸ばせと妻の頻り言ふ

 

 

 

ひめゆりの花                                     傅仁鴻

沖縄の白い浜辺よ鉄の雨降りし昔を思えば悲し

ハンカチを振りて笑顔で出でゆけど戦に散りしひめゆりの花

月影に母を呼ぶ声とこしへに流れて悲しひめゆりの塚

悲しくて空を見上げてゐるわれを空から朝の月が見てゐた

考ふる故われありといつまでも片脚抱きて鷺佇ち続く

ああ哀れ鰐に噛まれて沈みゆく河渡る魚の群の一匹

ほとばしり出でし女神の乳天に懸かりて天の川になりたり

天の川と東洋人は見にけるも西洋人は乳の道と見る

乙女あり過ぎにし恋を忘れむともらひし愛の手紙を焼きたり

手紙焼く煙がのぼり消えてゆくそを見て愛に終止符を打つ

めをと仲静かに燃えて愛がある限り地球は回り続ける

若き日ははや過ぎ去りて光陰を戻らせる術無きは悲しき

 

 

 

秋を迎へ入る                                     毛燕珠

窓開けてさらりと秋を迎へ入るる夜は月影を招き音なし

雨上がり湖に日影の波立てば胸に畏き思ひさざめく

どこからか庭にかはゆき迷ひ鳥座禅の夫は何も気づかず

移り来て二度目の春のつつじさく互みに譲らぬ紅白の花

いにしへの歌手もうたへり蓮の葉に乗れる雨粒ころころ舞ふを

優しき夫迷ひ入りたる蛾のひとつ枝で追ひつつ自由の外へ

背を丸めくたびれし鳥は腰掛けにバイクの主もあきれもぞもぞ

満月を見ればその(かみ)くすくすと笑ひて民話聞きしを思ふ

観音寺に詣でて仰ぐ空清く境内静か悩み消えゆく

人波に入りて怯まぬ奈良の鹿まるで市民のペットのごとし

青若葉吹き来る風に木漏れ日のさざ波となり心ただよふ

空呼びて海山共に響き合ふ自然のよきを皆で歌へり

 

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