回憶 詹石藏
睦月明け水仙香り屠蘇を酌む初日を拝み爆竹の音
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如月に桃梅の花草芽萌え蜂蝶こぞり立春を祝ふ
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弥生月卒業を惜しむ楝の花入学迎へ校庭香る
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卯月春一刻千金短歌会集へる人ら風雅湧き立つ
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皐月雨濡れたる緑美しく光輝く若葉の雫
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水無月に雷雨激しく山崩れ土石流が建物潰す
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文月に芸風ゆたかに歌うたひ涵養深く短歌の誇り
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葉月には星きらめく夜束の間の殖民つづく情人の涙
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長月を蛍の光思ひ出す書生の智慧は青史に輝く
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神無月豪雨集めし渦の波流木泳ぎ堤防に飛沫
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霜月の朝夕の水肌に滲む熱き心の布施が慰め
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師走の夜一年を回顧感無量堂々立てる国旗を悲しむ
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白髪なれども 曾昭烈
何一つ持たず青空を渡り来る鳥の身軽さうらやましきかな
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薄くなりし石鹸二つを貼り合はせ二人の暮らしを繋ぎ行きをり
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久びさに出遭ひし如く叫びあふ稲田の蛙雨の夕闇に
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パレットにあらゆる紅を作り出し山肌を描く秋の来にけり
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一年が過ぎれば一年減って行く君との時間もうすぐ師走だ
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梳くまではわが身でありし頭の毛白髪なれども拾つるに愛し
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若しかして突如われの居なくなり書きかけの詩白紙に残して
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三十一字の思索を頭に泳がせてとりとめのなき一日が終る
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古里の緑は消えて新地図は町しめす赤に塗られてゐたり
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悲しみがよみがへること常にあり兵送りし駅通る時にも
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西瓜らは甘味のよさを半切れの赤き断面に示して並ぶ
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血を抜かれ切りきざまれてあまつさへマグロは骨まで味噌汁のだし
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「南島に息吹く」の後 蘇楠榮
終生の作まとめたるその後は病ひにめげて詩藻枯れゆく
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聞くだにも嬉し畏し我が歌を代々木の森に捧げしのあり
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片恋の我が長き詩を賞づるとふ歌友に覚ゆ深き親しみ
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十六夜の月光の下我が歌を胸熱く読む人は優しも
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愛国の闘志の殊に賞でたるは「まことの敵は奴性の民ぞ」
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こまごまとタイプ三枚我が歌を挙げて述べしに心打たるる
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我が歌集読みて病の快癒をと添へし一封日の本の金
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この歌集作る目賜びし神技の医師に贈らむ謝意の一冊
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賜はりし青森の幸大箱に赤札しるき出版祝ひ
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汗汗汗塩気なき汗若き日の服ににじみし塩跡懐し
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留学に鎬削りて失恋の創を癒やせし遠き遠き日
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姫君に恋せる武夫は入道し我は解脱を「科挙」に尋ねき
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アメリカ紀行 蘇友銘
ハワイアンのウクレレ響くフラダンスアロハアロハと椰子の葉招く
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海に入りハマウマベイで餌をまけばあまたの魚が身近で喰ふ
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船にゆれしぶきを浴びてナイヤガラ水のスクリーン広き青空
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忠実なる間歇泉に人だかり歓呼高らかイエローストン
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アリゾナのグランドキャニオンを見渡せば巨大な崖壁年代語る
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モルモンのソルトレークシティーでポカポカと二頭立てにて寺塔をまはる
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ハリウッドとディズニーランドで若返りハネムーン気分で金婚日待つ
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サンフランシスコの中華街に香港よりも美味き料理あり
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桑港の金門大橋を渡り来しその翌日に大地震とは
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感謝祭に姪が七面鳥を持参して巧みに料理してみな食べ終へり
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クリスマスのイルミネーション家並みに屋根から玄関多彩な閃き
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アメリカで気楽にバスで町に行きスーパーやモールで一日を過す
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迷路 曹永一
行く先も告げずに一人山歩き深く迷ひてふと死を思ふ
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深き谷右も左も路は無し戻る坂道黄昏迫る
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中国の特区となるは地獄なり日本と併合可能の日ありや
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中国製断じて買はじシャツを取りひねくり返すも怪しきは買はず
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近代の国家作りし明治帝数々の御製台湾に仰がる
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台湾の運命決するこの選挙五都全勝し総統取るべし
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戦前の日本統治治安良し今は鉄窓牢屋に住む如く
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自衛艦執拗に漁船追ひ廻す兄弟の国手加減できぬか
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渓頭の神木の前に三代が揃ひし写真家族に幸あれ
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台湾の覚醒促す肺腑の言「流亡政府」「棄馬保台」
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淡水の「老街」一人そぞろ歩くマカイの像あり台湾の恩人
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円通寺山壁の「佛」見事なり大正十三の大正消さる
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稲穂実る 荘淑貞
八田与一技師は我がフォルモサに身を捧げ嘉南平野に稲穂実れる
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八田技師は神と祀られ烏山頭にダムの清流永久に流るる
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二十年日本国民の我は今国籍変はり昔恋しき
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生き甲斐の人生望み恵まれて嫁と解け合ふ日びの楽しさ
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幸せは嫁の優しさあればこそ苦労報ひられ老後憂ひなく
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嫁姑のうまく行かぬ間柄老人ホームの入居増えたり
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老人の悲哀家族と離れ行き老人ホームをオアシスとせり
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若き子は自由を求め何時も独身の暮らし思想変はり行く
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フォルモサの悲哀唐人逃れきて天下を取りて王座を占めり
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フォルモサへ命からがら逃れてきて唐人は賄賂で富豪家となりたり
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年毎に募る暑さに故里の扇風機さへなかりし日思ふ
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扇風機もなかりし昔の我が暮らし眠れぬ子等に団扇離れず
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