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14集5

孫の婚約                                       佐藤厚子

我生みて育てし娘の生みし子が二十八歳婚約宣言

ランドセル姿が見られ幸せと思ひし孫の婚約に列す

「お婆ちゃん」と小さき声で呼び呉るる孫と婚約したる娘御

婚約の宴の席での食ひつぷり大正生まれは見惚れてゐたり

輝ける笑顔を永久に忘れずに共に歩めと老婆は祈る

逆縁にあひたる歌友への一言を涙がさへぎる晩夏の夕

慰めむと受話器取れども歌友の名を呼びたるのみで二の句いで来ず

妹の訃報を乗せて来たるらし黒雲暫し頭上に動かず

妹の訃報を受けて日が経ちて更なる悲しみ胸に重かり

明日着るブラウス仕上ぐるお手並みは大正生まれの女の嗜み

富もなく才なくまして世に疎き老いは己を労はる外なし

百年は長くなかったと思ひ居る十分の九を生かされて現在

 

 

 

娘に頼る                                         謝白雲

八十路越えニューヨークへの旅立ちは自信失くして娘に頼る

一路無事目的地に着きほつとするかつては自在に旅せしものを

毎日が至れり尽くせりのもてなしに母我の(むね)感慨深し

外つ国でレジャー楽しむ夏休み殊に目を引く幼児のしぐさ

さそはれて四人で漕げる自転車を共に漕ぎ見る力の限り

孫や子とブッシュガーデン、バジニアビーチ等心ゆくまで自然にひたる

アメリカの公園にても太極拳を朝の大気に包まれて居り

日課なる朝の散歩の公園で一人静かに思ひにふける

ブランコを漕ぎて眺むる広き空澄み渡りたる夏の大空

待望の修養会の前夜には幼子の如昂ぶりて居り

荷の中に聖書一冊秋の旅わがイエスよ共に在せと

賛美する教会となりみ言葉を心にとめて霊をいただく

 

 

 

海を眺めむ                                       周福南

鴨渡り秋の川辺に繁殖しすすきの波や歳は押し迫る

東門鐘と梵音夕迫る曹洞宗の伽藍に響く

泉岳寺血染桂に空燃ゆる義士の忠魂浅野の恨み

大地揺れ天府の国も生き地獄早く救ひの手をとぞ祈る

秋風に山のすすきのうなづきて黄金の禾穂種撒き飛ばす

国翳り教授食断ち民のため耐へつつ苦言呈してをりぬ

亡くなりし犬は家族の一人なり今霊園に冥福祈る

早春に緋桜は咲き心酔ふ清明前に子孫は集ひ

水郷の宿は理想の大地なり友垣乗せて船廻り行く

露台の巣卵抱ける母鳥の人射竦める強き眼差し

東風吹かば自然の恵み露天の湯松に抱かれて海を眺めむ

「三通」は大阪夏の陣のごと堀うめられて裸同然

 

 

 

何がな悲し                                       徐奇芬

遊び居し児ら何時の間に皆去りて木蔭に残る一つの小靴

いささかの酒を温め一人酌む旅の子ら今どこと思ひつつ

木の蔭をわが物顔に屯する鳩にゆづりて道を廻りぬ

雨止みてとみに明るき部屋に居て措き居し返事をすらすらと書く

軒下に壊れし鳥の巣がありぬ何かありしか何がな悲し

たわいなき児らの会話に聞き入りて待ち居しバスを見送りにけり

言ひたきを言はぬまま戻るわが斗室に昨日活けたるバラが咲きをり

父に似てちぢれ毛なるを嫌ひたるわが老いて孫のちぢれ毛を見をり

風鈴のしきり鳴るさへ悲しけれ今日はわが孫の三週年忌

新しきネグリジェ着けて床につく今宵の夢は華やかであれ

亡き孫と居る夢覚めて唯一なる文出して読む繰り返し読む

独り子を癌で亡くせし友の手を握りて話す言葉出で来ず

 

 

 

母の面影                                         徐奇璧

白き雲たなびく空の浅きブルーに若き日の母のドレス顕ち来る

静かなる朝空仰ぎ八十吾は母の面影さがす幼子

清らかによろこびのある心こそ持たまほしきと蘭の花見つむ

街をゆく娘等の中端正なる服装見れば心清清し

好もしき若人が煙草吸ふ見ればお止めなさいと言ひたき衝動

美しき花散りたれば帚もて掃き寄するなり感謝をこめて

曇り空続くこの頃五十七で逝きにし甥に心も曇る

気張れどもよろめく脚に旅の友代る代るに労はりくるる

急き立つる如き蝉の声今日もまた森より湧きて暑さ盛り上ぐ

雀とは心通へずベランダに来しを愛しと思へど飛び去る

子等の住む海の向かうは昼と夜異なると思ひていよよさびしき

感謝の日日を送れど淋しきは遥かなる子等を想ふ切なさ

 

 

 

斜陽の郷                                         辛秀蓮

杳けき日古都より遥かに嫁ぎ来し嘉南平野の地主の二男坊に

見はるかす稲穂のそよぐ美しき緑の世界にしばし見とれゐし

台大の高坂教授の改良せし蓬莱米の稔りの郷とぞ

程近く怒涛のひびき聞こえ来る台湾一の母川濁水渓

欄干の朱色に塗らるる鉄橋の橋桁戦時の日本建設

夏なれば川辺の西瓜の盛産地冬の濁流稲田を灌漑す

農いとなみ子孫を学びに外へ出す文化の高き豊かな郷なり

夕されば下駄穿き軽やかエリート族早稲田出身の散策すがた

長兄の京都医大出の開業医衛生処を兼ね夜中も往診

幾代の祖先の築きし平和郷亡命政府の土地改革に滅ぶ

憤ろしも二度の村改に族群散り枯れゆく郷の望み又あらむ

帰り来て病院母屋の跡かたなく屋後の竹叢葉ずれに号泣す

 

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