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14集3

冬の光移りて                         高寶雪

手折り来し野花いとしと持ちかへり机上に挿せばそそと咲きをり

捷運の工事の進む家の前を重機は前後し夜半も眠れず

諍ひし後の心の乱れをば静めんと筆取り心経写す

子の国で暮す月日は疾く過ぎて空港の別れに孫らも涙ぐむ

折にふれ訪ねたまへる旧き友胸うち語り心安らぐ

新婚の記念にせむと購ひ置きしネックレス手に往時を偲ぶ

拾年間飲み続けたる血圧の葯は赤と茶色の錠剤

聞え来る夜のひびきは冬の風まぼろしの如我は疲れて

 冬の光移りてさすを目に見つつ時の流れに余生を思ふ

耐へ難く人多き中に人を恋ふ唯わけもなく人の恋しく

亡き夫の筆跡ゆえに捨てかねて原稿の一枚また(をさ)めをく

一人居の悲しき時は取り出して見つむる君との旅行の写真

 

 

 

暮らしのあれこれ                                 江槐邨

裕福に暮らす飼猫通り過ぎの鼠に見向きもせず長閑に眠る

明け方に彼方の山山眺むれば霞に飛び立つ白鷺一羽

だんだんと数の減り行く同窓会互に励まし楽しく別れむ

騒騒しき宴会の中聞きとれぬ隣席の言に頷くばかり

公園の木洩れ日浴びてブランコに幼の夢追ふ八十路の翁

冬に芽ばえ春日を浴びて健やかに花咲く白百合歌友と賞でむ

世の中は総てが縁の繋がりとふ仏の教へに悩みは和らぐ

日捲りのカレンダー日にけに減りゆけど顔の皺しだいに増えてゆきたり

思慮に思慮を重ねて差し出す歌又も浮ぶよき句に急ぎ改む

一歩の差にバスは待たずに去りゆきぬ心静かに次の車待つ

爽やかな暁河原をさ迷へば明けの明星空に微笑む

竹兜かぶり空襲に飛び込みし蛸壺忘れぬ六十五年前

 

 

 

会津若松城戦史を読んで                           黄華浥

真っ先読む飯盛山の白虎隊少年二十一人刺し違へしと

初めて知る会津若松の落城に二百五十余名花と散りしを

婦女子らが自害の道を選びしは死ぬことこそが忠節なりとぞ

家老西郷頼母の邸内に二十一人の親族刺し違えて自害か

殻潰しなら城を出て米沢へ行きて生くべき道もあるものを

読みにつつ戦の中に身の入りて婦女子らの自害あゝ鬼神も泣く

盛岡藩友同盟の旗鮮明に秋田藩に宣戦奥羽人相撃つ

梅雨しぐれ雨音聞きつ我が居間に会津若松城の悲劇戦史読む

「生きている」とふ喜びに八十才爺のバイク走らす秋空の下

爽やかに秋風居間を通り行く戦後の九月おぼろ偲ばる

早起きし庭をうろつき木の下に立ちて深呼吸空気の美味さよ

偲ばるる夜夜の戸締り鍵掛けず実にぞ良かりき戦の前は

 

 

 

無常                                             黄閨秀

幸あれと千羽鶴に願こむる母数の過ぎしに何故折り続く

寝ねられぬ冬の長夜に鳩時計ひとりさびしく時を告げをり

病みし友子等にたよりて大陸へ行きぬわれらの会ふ日またありや

花の香に目覚め歌集の〆切に間に合はせむと急ぎて思考す

五十年無常の月日人待たず友の名も顔も遠きクラス会

思ひ出は一箱づつと母我にザボン届けし吾子の面影

突然の長男の訃は老いの身をけづるが如く痛みて止まず

老いし母息子を悼む一すぢの涙は永久に残りて消えず

果てしなき海の寂しさいつ終る明日を待ちわぶ心なくして

厳粛なる告別式も何せんや今よりわれら幽明異にする

過ぎし日の情熱は年と消えゆきて残る怠惰の只にわびしき

勝気なる孫娘曰くおばあちゃん心配しないで「一枝草一点露」でせう

 

 

 

こし方の事                                     女辛

日本から鮭一ぴきの送り物冷凍のままとどく世になり

傘寿にて母亡く寂しと思ふのは吾も母御に近しと思ふ

幼き子扁桃腺の大きい子熱出さぬやうどくだみ煎ずる

晩秋の奥津城静か声高き鳥の名を母は知りてゐるやら

桃色に咲く扶桑花は母好み近づく祝ひ百才忌待つ

何を書く今度は何を感ぜしかアルツハイマーに友のなりたる

手のふるへとまらぬ苦痛だれに言ふ医者に訴へ医者にまかせて

医者捜し苦痛の一つ時間とはだれにも大事疾く過ぎ行けり

秋の雲ひんやり冷えて風となり老人あまたこの世から消え

公園で消えた老人何処に行く児童あつまる公園の中

一日かけ老人の見てる陽だまりの玩具のゾウにぶらんこ砂場

しんしんとやみ夜に吾は眠られずこし方の事亡き夫の事

 

 

 

秋風粛粛                                         黄振聲

虎死して皮を残すも人死して名を留むる者幾何ありや

あの世にて住み心地如何 地下の友誰も答へず秋風粛粛

白色テロ半世紀過ぎしも目に浮ぶ惨き仕置きをいかでか忘る

学び舎の鐘訴ふる如鳴り叫ぶ模範生を何ど刑場の露に

誰が為ぞ命捨ててもかへり見ず白色テロと戦ふ闘士

我植ゑしコスモス時来れば咲き溢れ風に乗りきて我が檻に散れ

汗水を垂らして掃きたる道なるを吸ひ殻落す恥知らずあり

故郷を問へば指さす流れ雲身も世も捨てしさすらひ人は

亡き母の作りし椅子の古ぼけて坐る人なく日々我の拭く

久久に靴箱整理亡き母の履きし古靴見つけ撫でやる

亡き父の三弦弾けば奏づる音あたかも父の嬉しき声に

夜毎夢に見る亡き戦友(とも)よ安らかにバトンは若人確と握れり

 

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