冬の光移りて 高寶雪
手折り来し野花いとしと持ちかへり机上に挿せばそそと咲きをり
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捷運の工事の進む家の前を重機は前後し夜半も眠れず
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諍ひし後の心の乱れをば静めんと筆取り心経写す
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子の国で暮す月日は疾く過ぎて空港の別れに孫らも涙ぐむ
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折にふれ訪ねたまへる旧き友胸うち語り心安らぐ
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新婚の記念にせむと購ひ置きしネックレス手に往時を偲ぶ
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拾年間飲み続けたる血圧の葯は赤と茶色の錠剤
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聞え来る夜のひびきは冬の風まぼろしの如我は疲れて
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冬の光移りてさすを目に見つつ時の流れに余生を思ふ
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耐へ難く人多き中に人を恋ふ唯わけもなく人の恋しく
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亡き夫の筆跡ゆえに捨てかねて原稿の一枚また蔵(をさ)めをく
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一人居の悲しき時は取り出して見つむる君との旅行の写真
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暮らしのあれこれ 江槐邨
裕福に暮らす飼猫通り過ぎの鼠に見向きもせず長閑に眠る
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明け方に彼方の山山眺むれば霞に飛び立つ白鷺一羽
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だんだんと数の減り行く同窓会互に励まし楽しく別れむ
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騒騒しき宴会の中聞きとれぬ隣席の言に頷くばかり
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公園の木洩れ日浴びてブランコに幼の夢追ふ八十路の翁
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冬に芽ばえ春日を浴びて健やかに花咲く白百合歌友と賞でむ
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世の中は総てが縁の繋がりとふ仏の教へに悩みは和らぐ
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日捲りのカレンダー日にけに減りゆけど顔の皺しだいに増えてゆきたり
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思慮に思慮を重ねて差し出す歌又も浮ぶよき句に急ぎ改む
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一歩の差にバスは待たずに去りゆきぬ心静かに次の車待つ
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爽やかな暁河原をさ迷へば明けの明星空に微笑む
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竹兜かぶり空襲に飛び込みし蛸壺忘れぬ六十五年前
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会津若松城戦史を読んで 黄華浥
真っ先読む飯盛山の白虎隊少年二十一人刺し違へしと
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初めて知る会津若松の落城に二百五十余名花と散りしを
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婦女子らが自害の道を選びしは死ぬことこそが忠節なりとぞ
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家老西郷頼母の邸内に二十一人の親族刺し違えて自害か
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殻潰しなら城を出て米沢へ行きて生くべき道もあるものを
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読みにつつ戦の中に身の入りて婦女子らの自害あゝ鬼神も泣く
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盛岡藩友同盟の旗鮮明に秋田藩に宣戦奥羽人相撃つ
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梅雨しぐれ雨音聞きつ我が居間に会津若松城の悲劇戦史読む
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「生きている」とふ喜びに八十才爺のバイク走らす秋空の下
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爽やかに秋風居間を通り行く戦後の九月おぼろ偲ばる
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早起きし庭をうろつき木の下に立ちて深呼吸空気の美味さよ
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偲ばるる夜夜の戸締り鍵掛けず実にぞ良かりき戦の前は
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無常 黄閨秀
幸あれと千羽鶴に願こむる母数の過ぎしに何故折り続く
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寝ねられぬ冬の長夜に鳩時計ひとりさびしく時を告げをり
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病みし友子等にたよりて大陸へ行きぬわれらの会ふ日またありや
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花の香に目覚め歌集の〆切に間に合はせむと急ぎて思考す
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五十年無常の月日人待たず友の名も顔も遠きクラス会
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思ひ出は一箱づつと母我にザボン届けし吾子の面影
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突然の長男の訃は老いの身をけづるが如く痛みて止まず
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老いし母息子を悼む一すぢの涙は永久に残りて消えず
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果てしなき海の寂しさいつ終る明日を待ちわぶ心なくして
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厳粛なる告別式も何せんや今よりわれら幽明異にする
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過ぎし日の情熱は年と消えゆきて残る怠惰の只にわびしき
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勝気なる孫娘曰くおばあちゃん心配しないで「一枝草一点露」でせう
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こし方の事 黄女辛花
日本から鮭一ぴきの送り物冷凍のままとどく世になり
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傘寿にて母亡く寂しと思ふのは吾も母御に近しと思ふ
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幼き子扁桃腺の大きい子熱出さぬやうどくだみ煎ずる
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晩秋の奥津城静か声高き鳥の名を母は知りてゐるやら
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桃色に咲く扶桑花は母好み近づく祝ひ百才忌待つ
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何を書く今度は何を感ぜしかアルツハイマーに友のなりたる
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手のふるへとまらぬ苦痛だれに言ふ医者に訴へ医者にまかせて
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医者捜し苦痛の一つ時間とはだれにも大事疾く過ぎ行けり
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秋の雲ひんやり冷えて風となり老人あまたこの世から消え
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公園で消えた老人何処に行く児童あつまる公園の中
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一日かけ老人の見てる陽だまりの玩具のゾウにぶらんこ砂場
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しんしんとやみ夜に吾は眠られずこし方の事亡き夫の事
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秋風粛粛 黄振聲
虎死して皮を残すも人死して名を留むる者幾何ありや
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あの世にて住み心地如何 地下の友誰も答へず秋風粛粛
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白色テロ半世紀過ぎしも目に浮ぶ惨き仕置きをいかでか忘る
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学び舎の鐘訴ふる如鳴り叫ぶ模範生を何ど刑場の露に
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誰が為ぞ命捨ててもかへり見ず白色テロと戦ふ闘士
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我植ゑしコスモス時来れば咲き溢れ風に乗りきて我が檻に散れ
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汗水を垂らして掃きたる道なるを吸ひ殻落す恥知らずあり
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故郷を問へば指さす流れ雲身も世も捨てしさすらひ人は
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亡き母の作りし椅子の古ぼけて坐る人なく日々我の拭く
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久久に靴箱整理亡き母の履きし古靴見つけ撫でやる
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亡き父の三弦弾けば奏づる音あたかも父の嬉しき声に
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夜毎夢に見る亡き戦友(とも)よ安らかにバトンは若人確と握れり
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