出版祝ひ 林素梅
永年の希望の自分史上梓せり平凡なれど我が一生の記念
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子孫のため写真の多き自分史は永遠のよき記念となれよ
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身に余る歌集の礼状読みにつつ心和みて己れ励ます
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起きがけに霊感あらば三十一文字指折り数へ一首又一首
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米寿われ若き日の写真見るもうれしすぎし日のその面影いづこ
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吾が母校の一一三年の記念の祝宴参加をたのしみに待つ
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同期生と月に一度の顔合わせ共に健康保ちて行かむ
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子と共に食事する夜は味も又格別によく話もはづむ
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寒き夜の一人寝はさびし子の買ひたる羽根ぶとんかけ思ひにふける
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手伝ひの娘按摩し呉るる心地よさこは何時の間に習ひし技か
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ベランダの植木鉢にも小花咲き一つ又一つ見るもうれしや
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裏門の冷たき風の身に沁みて我ふと知るやもう既に秋
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大鳥居の歴史 林蘇綿
昼下がり水の妖精パチパチと濁り染まらぬ仏の座花(睡蓮花)
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阿里山の吐息に動く雲霞海ひたすらに待つ御来光かな
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風そよぐ乙女心のコスモス花疎洪道を花海と化す
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丈低きソロー木瓜の青き実は犇きながら下より稔る
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サルスベリ台木に接木の紅椿をちこち舞ふ紋白蝶かな
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ノルウェーのV字型河川の大氷河鋭き爪痕船より仰ぐ
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金色のねなし葛のつつじ垣枯るるを恐れ寄生を除く
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中東の特産物の椰子棗アイスランドのスーパーに並ぶ
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姑の嫁に食はすな秋茄子は孫の欲しきに背く真心
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十六夜の南台湾水面月ダムの放水満潮に遇ふ
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金色の玉数珠の如き相思樹花黄金虫来て舐め散らしをり
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卒寿経し明治神宮の鎮座祭夫婦にて語る大鳥居の歴史
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朝の百景
林禎慧
満載の廃品リヤカーのぺタル踏み鼻歌うたふ男が過ぎゆく
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重たげなランドセル背負へる一年生姉の後を懸命に追ふ
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百歳の嫗一人し傘を杖に公園めぐり十回目と云ふ
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スタスタと我を追ひ越す若き等のその背その足いと妬ましき
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朝のダンス銀髪白髪黒き髪身振り手振りに会話まじへて
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ノートルダムのせむし男の如き外人さん車椅子の小犬と散策たのしむ
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熱あつの「豆乳」「油條」「小籠包」老舗の前に長蛇の列が
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朝なさな同じ植木の傍に坐しスモーカー二人紫煙くゆらす
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ケキョケキョとうぐいすの声におどろきて頭かへせばペタコ飛び散る
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べゴニヤの溢れるばかりの散歩道見知らぬ人にも「お早よう」を呼びかく
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朝まだきコンビニ店の店頭に背袋姿の学生溢るる
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車椅子三つ囲みてヘルパーさんお国言葉で万国会議
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秋季物語 林梅芳
秋風が吹けば思ひ出すかの季に紅葉林をさまよひ歩き
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中秋の菓子を食べれば大空に浮ぶ雨雲に気を使ふなり
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曇り空秋季の気はひ訪るるかの素晴らしさむねに浮き顕つ
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親子鳥連らなりて行く白雲を追ふ如く飛ぶ一幅の絵かな
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次つぎと枯れゆく青葉惜しまれて最後に残れるあつ晴れ一葉
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冬支度早目にせむと毎日の午後を一人で頭を使ふ
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毎日を紅葉のするを目の辺り一人眺めつつ自然を称ふ
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何時にでも紅葉林を散歩するその光景は心に残る
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はらはらと散り来る紅葉惜しみては拾ひて本にはさみて残す
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冬の季遅く来てよと願ふのは寒さにおびゆる人の常なり
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「早くよな」夏の到来願ふのは涼しき夏を求むる人々
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爽やかな朝風に吹かれ気持ち良し求めてやまず活力の元
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父母への供養
林碧宮
母恋ふは父恋ふよりも大なりと世間は云ふも父の愛いとしき
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しみじみと娘の肩に手を添えて門出を祝ふ父はかなしき
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倹約なる父買ひくれし色鉛筆その喜びは今に忘れず
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些かの孝行も尽くせず世を去りし父母に詫びたく心苛む
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父ははのみたまのやどるふるさとの家は古くも荒廃させじ
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心あれをなごなりとも「家守る」それがせめてもの父母への供養
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親ゆづりだよとは云はず「短気だね」と笑はれたら頭を下げよう
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めぐり来る十五夜の空仰ぎつつ目に映れる人影偲ぶ
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灯を消せば十五夜の月さし込みてわが人生の花火に見入る
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泣くも夢笑ふも夢ぞ人の世は限りある身に限りある欲
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寂しさと気楽さまじる一人部屋よき終なれと養生に励む
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母逝きて三十三年時は過ぎあの夜と同じ春雨が降る
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水旅(武夷山) 林百合
石畳の険しき山路をこはごはと吾らは駕籠にて武夷山登る
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フーフーと鞴(ふいご)のごとき息を吐く駕籠かきに泣く駕籠中の吾
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謝謝と賃金受くる駕籠かきの笑顔に消ゆる一日の苦労
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岩山の下を流るる九曲渓水のきらめきは真珠さながら
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岩山の一つ一つに刻まるる古人の漢詩が旅情をそそる
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頂上より見下す下界は遥なり萬丈の崖わが足すくむ
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紅葉を見むとはるばる青森へ常夏台湾育ちの吾ら
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春は桜秋は紅葉と天然の美に心ひかるる日本の旅
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降り出づる雪に車内はざわめきて紅葉と兼ねたる雪見を喜ぶ
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雪の中傘もささずに嫁たちは白雪被りて写真をうつす
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散り積もるもみじ葉乗せて流れゆく川面は錦の帯となりたり
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東北の友の訛に戸惑ひて曖昧のままただに頷く
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