銀河のみやこ 陳淑媛
常夏の島の連峰に降り積もる白皚皚の厚き雪化粧
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嘗て無き厳しき寒波襲ふ夜娘の重ねくるるシルクの布団
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ショウウィンドーのネクタイに目の届きしも贈りたし夫逝きて十八年
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黒潮のうねる椰子の島丘の上に草食む牛の鈴の音ひびく
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木洩れ陽に散りしく花びら踏みながら友と連れだち春を尋ねゆく
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朽ち果てし家屋一面にブーゲンビリヤのさ緑の葉に紅深き花
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春一番文旦の香に咽びつつ花びらの雨に打たるる身かな
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紙魚ひそむ夫の忘れしパスポート送る宛てなき銀河のみやこ
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過ぎゆきはなほなつかしく携へて棗もぎしは夫のふる里
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紛れなき白を択びて茉莉花の咲くベランダに陽の燦さんと
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栴檀の花咲き香るひとしきり卒業式の窓辺にふぶく
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散りながらなほ舞ひ上がる栴檀の奮迅のごとき一陣の風に
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冠状動脈心臓病状の経過 陳珠璋
基金会天母小学訪問後目的果たせど疲れを覚ゆ
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王幹事歩みよろめく我が身をばタクシーに乗せ急診に急ぐ
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台大でICUに送られて一週間後に心臓手術
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高医師の心導管と動脈の支架挿入の技術卓越
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三日後に旧正月を迎えども不安の家族にすまない心地
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十日たち普通病室に移り行き八日の後に退院帰宅
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我が居間に救急設備混み入りてリハビリの日の長きを憂ふ
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一日の四分の一マスクかけ酸素補ふ煩わしさよ
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久し振り初の外出兄嫁の米寿のうたげ喜び分つ
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宴会中二人の歌友の即興で祝ひの短歌を贈るいとしさ
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主治医の意見受け容れ台南の心理劇会欠席残念
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複診で検査よろしく酸素吸ひ三分の二に減らす嬉しさ
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幸身に餘る 陳瑞卿
荒れ狂ふ風雪にあがく国聞けば蓬莱に住む幸身に餘る
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八十坂を前に曾祖母に昇格す青目曾女孫に逢ふ日楽しむ
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乙女時医者の夢をば末の子が果し呉るるは先祖の加護か
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年三回母の日正月バースデイと子らの「紅包」に利子付けて還す
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母形見のはし布出でて手玉作り曾女孫にわが文化を教へむ
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クラス会は雀の学校話題には五臓ボーリングに養身術なり
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会ふ度に減るクラスメンバー昨年は二人先立ち二人癌のオペ
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会の終わりに医者の来訪たちまちに診療室に早変るとは
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捨てられし大谷わたり心して育ててもとの緑したたる
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諸もろの苦労の記憶彼方へ去り今はしっかり幸福抱きしむ
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天候の極端変化に継ぐ天災自然の威力に人類勝てず
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兄弟とうそぶく対岸プレゼントは砂塵の嵐目口封じらる
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日本の自然と文化 陳清波
大淀川流れ変らぬ様見れば町の盛衰なんと想うべき
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数知れぬ洗濯岩に鬼たちもその数知れぬ洗濯風情
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不可解に神秘な自然重なれば鬼が出でます神話のお日本(くに)
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懸崖の岩蔭鎮座鵜戸神宮神話の日本を見守りつづく
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短歌詠みてロマン旅路の生涯はさぞかし本望なるや牧水
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頭借り身は牧水の旅姿成りきって励む短歌詠む余生
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台日の文化交流に台消えて東亜で迎ゆは馬の災い
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親共馬諸民を乗せて突っ走る落つるその先ブラックホール
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雛祭り童謡流るる町の売り場客呼ぶ娘らの笑顔が目立つ
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身と心ともに故里あり台湾に生まれしあの日旗は日の丸
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両親もはやあの世逝き寂しき日はひとり口遊む日本童謡
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鳥取の砂丘の空に二重虹小雨に濡れてじつと眺むる
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山かすむ日に 鄭 静
ここのみは緑したたる山の端に白糸の滝さやかに流る
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奥入瀬も冬にいたらば滝こほり雪にまみれし動物の姿
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ほのぼのと山かすむ日になりにけり遠山彦のいとものどかに
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ハンサムの物理の教師問ひつむればたぢろぎたるを笑む少女達
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物理の師招きて謝するクラス会指輪ささぐれば涙こぼさる
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電話にて同級会をせかせし親友思ひもよらず夜半に逝くとは
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むらさきの友より賜びし傘させば在りし日の笑顔しきり顕ちくる
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コアラ抱きカメラに笑まふ我を見て旅の友どちナイスと云ひぬ
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バラ色に輝く小石ひろひ上げ夕日に頬笑む黄色海岸
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「ひなの宿」海の記憶が山里の湯舟にひろごりみち溢れゐる
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「美人林」夏は涼しく二人して森林浴も又すがすがし
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娘と共に高鉄の旅にいでたれば赤とんぼ飛び秋はたけなは
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雨降る中を 鄭 昌
待ちわびし電話の声はあたたかく今日の一日幸せを呼ぶ
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風立ちて奥萬大は霧の中夕日影さし虹のかかりて
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若くしてこの世去りたる父上の齢の倍まで我は生きたし
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咲きほこる白梅の花母ににて香ただよひ過ぎし日思ふ
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またしても手術を受けし吾が娘痛さこらへて吾に微笑む
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公園に吉野桜が咲いたよと吾娘は知らせぬ雨降る中を
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むらさきのアヤメ花咲く池のほとりせせらぎの音春は近くに
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灰色のくらき空より雨降りて野辺を追ひ越す高速の旅
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君が手の温もりにふれ燃えて来る思ひを秘めて時は過ぎゆく
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待たぬとも時刻刻と過ぎゆきてボッと眺むる一ひらの雲
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ダイコンの白き花咲く畑田に蝶蝶舞ひ来て春は来れり
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雨の中友どちと歩む田舎道土黒く濡れて郷愁そそる
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