人生の一時 江槐邨
世の乱れ憂ひ真善美に唱ふ「台湾歌壇」萎む心に明り灯せり
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満開の吉野桜を淡水の山辺に賞でむ人込の中
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屋上に白く咲き満つレモンの花馥郁たる香に蜂の群来る
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卓上の鏡に訝り家の猫じっと見つめて手先で掻きをり
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外孫は海の彼方に嫁尚ほ音沙汰無く空しき時は鸚鵡と喋りぬ
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雨風や旱に強き野の芒健気に生きぬく台湾の姿
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生涯を捧げんとする会社倒れ社員の貰ふ涙金かな
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澄み渡る大空見つめ「日本晴」と教はる彼の目も七十路の昔
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さらさらと流るる里の清き流れ游ぐ小鮒の今もあるかと
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目を瞑り一人微笑む向ひの娘楽しき思ひに耽るバスの中
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白百合の苗を送りて難友と偲ぶ過ぎ行きし緑島の辛き数々
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臆病の吾家の子猫湯沸かしの吹く笛の音に驚き逃ぐる
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遠き子ら思ふ 高淑慎
洗濯機に帰省子の夜具を入れにつつ団欒の日々を反芻し居り
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前後して帰省せる子らの好物を求めて夫はぺタル踏みゆく
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久に会ふ兄妹二人の弾む声笑ひの声が近所につつぬけ
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塀越しに吾娘の名呼ぶはお隣の長女ならむか久に声聞く
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そが母の墓参に帰省の三姉妹吾娘を連れゆき歓声上ぐる
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ゆくりなく幼馴じみと再会の喜悦を面に吾娘戻り来ぬ
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澎湖への墓参帰郷に吾娘連れて親子の旅の何時またあらむ
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幾日の華やぎ家にもたらして娘はアメリカに帰り行きたり
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台中へ宜蘭へと子は大学の友に誘はれスケジュール多し
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「氷島」の火山噴火に足留の子もベルギーに無事に着きたり
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干し上げしシーツの角が一センチずれて気になりつと直し来る
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客用の大皿小皿出盡して片付けにつつ遠き子ら思ふ
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明け放す窓辺 高寶雪
うつむきて杖先で何か書いてをる老人ひとり朝のバス停で
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隣席の広げて見入る旅行びら失礼と知りつつぬすみ読みする
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明け放す窓辺に匂ふ胡蝶蘭うす紫に心の和む
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店員の言葉たくみにのせられて買ひたるドレス箪笥にねむる
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ワルツの曲踊りたる日の杳のきて痛む足をばさする梅雨の日
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椅子の下に落ちしコートを拾ひ呉れし若き青年人波に消ゆ
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わが命振り子の如くゆれながら登りて行かん八十路の坂を
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愛するは生くる歓びと唄ひゐる歌手吾が胸の孤独を知らず
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休日の朝市あまた並びゐて笑顔交はせる老夫婦目につく
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供へ物両手に抱へ墓園入る秋風吹きて夫の二週忌
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逝く年の五彩の花火華やぐもわが胸内は遥か傷心の色
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誰を待つ電話や日びの寂しさに籠りてゐれば風鈴の鳴る
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並木道の田園風景 黄華浥
一度見し田園風景この村に憧れ妻子連れ移り来し
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村入れば黄金の稲穂波打ちて大正の世に早や緑化をなして
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緑なす山並み仰ぎそよそよと風吹く村は実にオアシスぞ
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決然と妻子を連れて素朴なる田園の地の村に根着きぬ
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並木道緑したたるその下を歩めば顕ち来戦前の世の
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村の道真直ぐに行けば角板山タイヤル娘の杵打つ夕暮れ
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発展の美名に道は拓かれて何時しか消えし村の並木道
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並木道田園風景早や消えてアスファルト路に車飛び交ふ
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騒がしき無情の都ふり棄てて静けき村に住みて幾年ぞ
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春四月桜並木をテレビにて見れば偲ばる村の並木道
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並木道延々五キロこの村を日本人よくぞ緑化しくれて
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夢なるか並木の道の両側に稲田の穂波囁くごとし
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リス・ハト・スズメ 黄昆堅
秋のリス樹樹跳び回りヒクヒクと鼻動かして冬の餌探す
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春のリス埋めたる餌を掘り出して口モグモグと頬膨らます
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剥き出しの二つの前歯栗の実をガツガツ食ぶるリスに見惚れり
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後足で地にしゃがみ込み糧を手に周りを見張るナーバスなリス
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ふくらみししっぽ振りつつ電線をす速く渡るリスの曲芸
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籠のリス金物毬をかけ回し独り愉しむ様のいとほしき
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雌鳩の傍でしきりにクッククーと愛を求むる雄々しき雄鳩
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飼ひ馴れし対の雌鴿を手に抱けば多情な雄鴿肩に舞ひ来る
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式終へて幾百のハト一斉に羽ばたき飛びぬ平和目指して
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人なつこき丸き目の鴿ハト胸で空を翔けるも「我が家」は忘れず
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競合に参加せし鴿海や山越へて何百里遂に帰巣せり
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二、三羽の雀の囀り耳によし大群とあらば騒音となりて
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幼き日 黄女辛花
花蓮港花岡山の運動場に露草つみて戯れし日日
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幼き日男の子と共に花束を共に作りし教える小女
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ネムの花垣根の側に咲き居るを摘みて遊びしあどけなき日日よ
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幼くも運動場の隅に咲く百合の花には手をばふれざり
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浜木綿の咲く浜でての石遊び帰りに下駄を忘れて帰り
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後より下駄をくはえて坂登る頭をなでてほめてあげたり
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大人らは小犬と遊ぶ幼ならを笑顔で見守りくれし杳き日
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鳳凰木の花拾ひ合い二人して遊びし頃の無心なつかしき
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むくげ喰ふ牛がこはくて近よれず花をあきらめ家に帰りき
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せんだんの赤と青との實をまぜて転がし遊ぶ幼き二人
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幼稚園に上りし頃は男女別遊びも変り別別になり
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今居ればもう傘寿ですお友達元気で居るの居ります様に
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