13集1

近江八景                   石瀬俊明

近江八幡親しき友の故郷よ霞の春に共に訪ねし         

三高の歌にもありし長命寺遍路の群に交じりて登る

八幡城の山より故郷見下して友少年の日々を語れり

信長の安土の山の石垣は塁々として頂までも

楼門の姿優しき沙沙貴神社今亡き恩師のゆかりの社

名にし負ふ「西川ふとん」の甚五郎邸この屋敷内住居ありしと

黒格子続く屋並の店に入り交はす近江の言の葉ゆかし

才覚の世に抜きん出し友なれど正義漢故つひに敗れり

八里浜守りし人のこと云へば友は絶句し涙こらへをり

友の母北一高女の優等生八田与一の長女を知ると

近江にて友と別れて丹波なる畏き人の故地訪ね行く

春の花咲く植物園の森越しに昔ながらの比叡の姿

 


 

アベマリア福の神                        王進益

愛憎のはるけき寺に慎ましも尼の双手と梅茶の香り

雲海を赤く染めつつ風津波幾千の鳥のただならぬ声

盆祭りに我ひとりして聞きてをり台風八号大警報を

アベマリアの聖なる此の日ケネディ大統領の告別式観つ

岩岨(いわそば)に陽に耀ふは阿里山の一葉蘭ぞ花の貴族ぞ

一葉蘭の花雲海に虹となれ太き球根の七色吸ひて

岩岨に紅紫の色に咲く蘭の一厘大きく凛と

さくらんぼ赤黒き実を喰ひ散らす伊達渡り鳥の害鳥ペタコ

昇天の前に避難せし聖マリア誰にも秘して独り居ませし

異教徒の迫害を避け古煉瓦の府屋に居ませしを誰もが知らず

トルコ国エペサスの町に見いでたる古き家家神々しく清し

台湾人はじめて見しと役人もカメラに笑みぬアベマリアの日に

 

 


照る照る坊主                         王正子

六十越え生花の詔書受け取りて花と語るを大事と思ふ

新しく障子貼り終え安堵する蝶の影絵もくっきり写りて

どなたかと記憶にあれど名は呼べず挨拶しつつ頭回転

飛行機に乗りたき夢を果たすなり六才の孫台湾一人旅

森林の伊香保の紅葉夕暮れの小雨に薄れ侘しき色に

来ぬ文に箪笥の衣黙々と畳直して心静むる

新聞を読まぬ時世の若夫婦コーヒー一息目擦り出勤

芋掘りを楽しみにし居ると孫のため異国で吊るす照る照る坊主

便箋にも秋の漂ふ文届き思ひの募る祖国の景色

地球儀を包むがごとく咲く菊の株の根ひとつ人の和思ふ

針の目を通してほしと母の声耳に残るもはや同じ眼に

五月空に純白の油桐花まぶしかり緑の森に浮ぶ白雲

 

 


かすむ夕焼け                        歐陽開代 

古稀過ぎて返り見すれば喜びに悲しみに絡みかすむ夕焼け

アメフトの応援バンドのフルートの孫娘(まご)の吹く音にシスコ沸き立つ

時経ちて異国の孫の偲ばるる悩まされし事今は恋しき

夢語り川の岸辺に寄り添へば木の影揺れて歌声流る

生まるればいづれは逝くと知りながらなほ憚るる冥土の使ひ

玉山もすすり泣きをり独立の父ワシントン高砂になし

売るを惜しみ買ふもためらふ株市場泣くも笑ふも浮世の一こま

「紅白」に除夜の鐘聴き祈りたり我が台湾に幸多かれと

虎の年巷に吹く風冷たくも我が家芳し梅の花咲く

里の便り絶えて久しくなりぬれど夢に変はらぬ親しき諸人

乙女らの裾ひるがへす春風になほもときめく古稀越せる我

過ぎし日日返り見すればパノラマの映画の如く笑ひと涙

 

 


歌集送りぬ                           温西濱 

ザクザクと軍靴の音に杳き日の兵営生活が胸をよぎりゆく

妻亡くす友に慰めの言葉なく心の支へと歌集送りぬ

八十路越す同期の会に名残りをば惜しみ又会おうと別れり

旧正に孫らそれぞれにお年玉くるる至福をかみしめ居たり

病棟の自販機夜中に缶落つる音して周囲の静寂を破る

暮なづむ公園の隅車椅子に翁が一人人待ち顔で

魚釣り唐突の雷雨に土手上に置き捨てられし廃車に雨宿り

はるばると新発田訪づれて師の墓に花束供へ冥福祈る

アルバイトの孫帰り遅きを気遣ひてストーブのスイッチを早目に入れる

海原を茜に染めて夕陽は沈みぬ磯に吹き来る風さはやかに

杳き日に娘を送りし空港に再び今日は孫娘を見送る

鵜ののどをしめて鮎獲るは佳き技術と思へども酷き反面

  


 

月より高し                         郭文良 

枯れ落葉路地裏の風にころころと転がる音が聞こえ来る冬

里の寺仏は変はらぬ笑み浮かべ若かりし友ら老いとなりけり

夜の路地の日本料理屋の流しゐる演歌の調べ世の寂と侘び

朝食を抜きたる葬式終はりたりお腹がすいてコンビニへゆく

菩提樹の風に靡きて葉音する光と影と去り行く野寺

白雲を黒雲そっと抱き合ひて踊り子の影広げゆく空

赤玉を呑み込む夕の雲の竜周りの鷹も狙っているよ

鉄道に沿ひける墓場一瞬に一世も一夜の夢みる如し

山雲と海雲が空の関ヶ原に動かぬままに戦つてこい

廟祭りの指人形のヒーローが賑やかな世を見詰めてゐるか

秋の野に富士山を見しあの午後に玉山の空も思ひ浮かぶる

秋風にゆるる鳳凰花見あぐれば里の椰子の木月より高し