近江八景 石瀬俊明
近江八幡親しき友の故郷よ霞の春に共に訪ねし
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三高の歌にもありし長命寺遍路の群に交じりて登る
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八幡城の山より故郷見下して友少年の日々を語れり
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信長の安土の山の石垣は塁々として頂までも
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楼門の姿優しき沙沙貴神社今亡き恩師のゆかりの社
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名にし負ふ「西川ふとん」の甚五郎邸この屋敷内住居ありしと
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黒格子続く屋並の店に入り交はす近江の言の葉ゆかし
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才覚の世に抜きん出し友なれど正義漢故つひに敗れり
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八里浜守りし人のこと云へば友は絶句し涙こらへをり
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友の母北一高女の優等生八田与一の長女を知ると
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近江にて友と別れて丹波なる畏き人の故地訪ね行く
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春の花咲く植物園の森越しに昔ながらの比叡の姿
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アベマリア福の神 王進益
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愛憎のはるけき寺に慎ましも尼の双手と梅茶の香り
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雲海を赤く染めつつ風津波幾千の鳥のただならぬ声
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盆祭りに我ひとりして聞きてをり台風八号大警報を
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アベマリアの聖なる此の日ケネディ大統領の告別式観つ
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岩岨(いわそば)に陽に耀ふは阿里山の一葉蘭ぞ花の貴族ぞ
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一葉蘭の花雲海に虹となれ太き球根の七色吸ひて
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岩岨に紅紫の色に咲く蘭の一厘大きく凛と
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さくらんぼ赤黒き実を喰ひ散らす伊達渡り鳥の害鳥ペタコ
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昇天の前に避難せし聖マリア誰にも秘して独り居ませし
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異教徒の迫害を避け古煉瓦の府屋に居ませしを誰もが知らず
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トルコ国エペサスの町に見いでたる古き家家神々しく清し
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台湾人はじめて見しと役人もカメラに笑みぬアベマリアの日に
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照る照る坊主 王正子
六十越え生花の詔書受け取りて花と語るを大事と思ふ
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新しく障子貼り終え安堵する蝶の影絵もくっきり写りて
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どなたかと記憶にあれど名は呼べず挨拶しつつ頭回転
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飛行機に乗りたき夢を果たすなり六才の孫台湾一人旅
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森林の伊香保の紅葉夕暮れの小雨に薄れ侘しき色に
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来ぬ文に箪笥の衣黙々と畳直して心静むる
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新聞を読まぬ時世の若夫婦コーヒー一息目擦り出勤
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芋掘りを楽しみにし居ると孫のため異国で吊るす照る照る坊主
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便箋にも秋の漂ふ文届き思ひの募る祖国の景色
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地球儀を包むがごとく咲く菊の株の根ひとつ人の和思ふ
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針の目を通してほしと母の声耳に残るもはや同じ眼に
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五月空に純白の油桐花まぶしかり緑の森に浮ぶ白雲
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かすむ夕焼け 歐陽開代
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古稀過ぎて返り見すれば喜びに悲しみに絡みかすむ夕焼け
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アメフトの応援バンドのフルートの孫娘(まご)の吹く音にシスコ沸き立つ
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時経ちて異国の孫の偲ばるる悩まされし事今は恋しき
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夢語り川の岸辺に寄り添へば木の影揺れて歌声流る
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生まるればいづれは逝くと知りながらなほ憚るる冥土の使ひ
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玉山もすすり泣きをり独立の父ワシントン高砂になし
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売るを惜しみ買ふもためらふ株市場泣くも笑ふも浮世の一こま
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「紅白」に除夜の鐘聴き祈りたり我が台湾に幸多かれと
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虎の年巷に吹く風冷たくも我が家芳し梅の花咲く
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里の便り絶えて久しくなりぬれど夢に変はらぬ親しき諸人
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乙女らの裾ひるがへす春風になほもときめく古稀越せる我
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過ぎし日日返り見すればパノラマの映画の如く笑ひと涙
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歌集送りぬ 温西濱
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ザクザクと軍靴の音に杳き日の兵営生活が胸をよぎりゆく
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妻亡くす友に慰めの言葉なく心の支へと歌集送りぬ
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八十路越す同期の会に名残りをば惜しみ又会おうと別れり
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旧正に孫らそれぞれにお年玉くるる至福をかみしめ居たり
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病棟の自販機夜中に缶落つる音して周囲の静寂を破る
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暮なづむ公園の隅車椅子に翁が一人人待ち顔で
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魚釣り唐突の雷雨に土手上に置き捨てられし廃車に雨宿り
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はるばると新発田訪づれて師の墓に花束供へ冥福祈る
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アルバイトの孫帰り遅きを気遣ひてストーブのスイッチを早目に入れる
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海原を茜に染めて夕陽は沈みぬ磯に吹き来る風さはやかに
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杳き日に娘を送りし空港に再び今日は孫娘を見送る
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鵜ののどをしめて鮎獲るは佳き技術と思へども酷き反面
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月より高し 郭文良
枯れ落葉路地裏の風にころころと転がる音が聞こえ来る冬
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里の寺仏は変はらぬ笑み浮かべ若かりし友ら老いとなりけり
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夜の路地の日本料理屋の流しゐる演歌の調べ世の寂と侘び
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朝食を抜きたる葬式終はりたりお腹がすいてコンビニへゆく
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菩提樹の風に靡きて葉音する光と影と去り行く野寺
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白雲を黒雲そっと抱き合ひて踊り子の影広げゆく空
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赤玉を呑み込む夕の雲の竜周りの鷹も狙っているよ
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鉄道に沿ひける墓場一瞬に一世も一夜の夢みる如し
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山雲と海雲が空の関ヶ原に動かぬままに戦つてこい
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廟祭りの指人形のヒーローが賑やかな世を見詰めてゐるか
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秋の野に富士山を見しあの午後に玉山の空も思ひ浮かぶる
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秋風にゆるる鳳凰花見あぐれば里の椰子の木月より高し
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