作品評‎ > ‎

15集-作品評9

鄭埌耀選 その1

ありなしの風にゆれゐるつるバラに母重ねをりふる里の秋        鄭 昌

 生まれ育った故郷に戻ると庭の一木一草までが懐かしまれる。この日は母の時からあったつるバラがさしたる風もないのに揺れていた。お母さんは私の帰って来た事を知っているのだ。里に戻り昔を偲び母を想う心情をつるバラに託してさらりと詠み上げている。つつましき昔と題した十二首は何れも佳作揃いである。

 

里ゆけば埔里はよいとこ酒の街矍鑠老友赤鬼と化す           潘建祥

 埔里は平埔族の里、そして銘酒紹興酒の産地である。これは酒好きの住民には鬼に金棒で此の故郷を訪れる度に作者の会う老友は何れも矍鑠として何れも酒豪、作者も後れを取る事はないので忽ちに意気投合して酒気満面となり赤鬼達の酒宴となる。埔里は良いとこ、作者はこの故里が大好きで幾つもの讃美の歌を詠んでいる。

 

ピカピカのランドセル背負ふ一年生女孫の踏み出す生徒の第一歩     潘達仁

 ピカピカの一年生、これは名句になっている。背丈の半分に余るランドセルが先ず目につき、新しい制服制帽新品の靴で、手を引いて校門をくぐるお母さんもおしゃれをして得意満面である。これからは先生が付き、友達が出来て生徒と呼ばれ、おきまりを守らされる。此の歌に託して作者は初孫の成長を見守って来た爺としての手放しで喜んでいる様を伝えている

 

考ふる 故われありといつまでも片脚抱きて鷺佇ち続く          傅仁鴻

 片足で立っている鷺が何時までも動かないので作者には物を考えている様に見え、デカルトの言葉を思い出した。鷺は餌に飽いたので一休みと片足を抱いているのであろうが、若しや泥鰌での事でも考えているのかも知らない。パスカルは人間は考える葦であると似た様な事を言ったが、ここでは考えているのは作者である。

 

満月を見ればその(かみ)くすくすと笑ひて民話聞きしを思ふ    毛燕珠

 月にまつわる民話は幾つもある。昔々に始まり満月の夜に「私は月に帰ります。サヨナラ」が必ず此の物語の終末である。子供心に月が神秘めいて残された地上の人を気の毒がってくすくす笑ったものであるが、こんな昔話の洗礼はどの子も受けている。月は宇宙の惑星の一つと言う余計な話は子供には気の毒。月はやはりお月様のままにしたいと作者も思っていよう。

 

袖振られ摂津乙女の白衣の武蔵野に発つあとの浪速路         保冨洋一

 響かぬ君よ、と怨めしげなタイトルで失恋の歌が幾つか並んでいるが、こうも淡々と詠んでいるからには作者ご本人の事ではあるまいと思う。ましてや相手を摂津乙女と称し、あとの浪速路と受け、悠々迫らぬ粋な歌い振りである。若し此の推量が外れで、ご当人の事であるならば此の作者は恋事には酸いも甘いも咬み分けている達人と敬意を表さねばなるまい。

Comments