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15集ー作品評2

鄭埌耀選 その4

満載の廃品リヤカーのペダル踏み鼻歌うたふ男が過ぎゆく        林禎慧

 屑拾い。一飯の為のドン底生活者の生きる為の手段であるが、今はお上の環保局のおこぼれにしかありつけないので苦しい。それでもリヤカー持ちはひとかどの業者、満載なら余程の仕事量をこなしたのか、運が良かった為かからである。ペダルは重いが心は軽いので鼻歌が出る。愉快なリヤカーの男、一緒に愉快になって見送る作者、爽やかな作は何時でも一番である。

 

次つぎと枯れゆく青葉惜しまれて最後に残るあっ晴れ一葉        林梅芳

 寂しい落葉樹、春の初めに芽を吹き、濃い緑に旺盛な活力を見せるが、秋にはパラパラ散ってゆく運命になっている。散りに散って残り少なくなると作者は気になって見上げるが、それが数える程になり最後の一枚となるとあっ晴れ一葉と声援もしたくなると言う。秋の凋落を淋しむ作者の心情。この一枚もやがて落ちるのである。

 

父母のみたまの宿る故里の家は古くも荒廃させじ            林碧宮

 作者の故里の家は純三合院の古屋である。御両親はここで一生を送り作者もここで生まれ育った。堅固な造りであるが現代人好みではないので、作者はマンション住まいである。妹が住んでいるが、作者は時折り戻っては数日とまってゆく。御両親のみたまに会いに帰るのである。勿論荒廃させてはならない。男の兄弟が居ないだけに作者の此の古屋を通して父母を想う心は一入強いのであろう。

 

岩山の一つ一つに刻まるる古人の漢詩が旅情をそそる          林百合

 武夷山の旅と題しているからにはこれは古跡武夷山の山岩に刻まれている古い漢文の詩で勿論作者に読めない。ここには奥の細道に遊ぶ牧歌調はない。遼々と遠い千古の歴史、高度な古代文化人の薀蓄、台湾からの観光客としてのエトランゼの作者にこれ等は重くのしかかる。これを旅情をそそられたと作者は一言で説明しているのである。

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