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15集-品評2

徐奇芬選  その2

よく泣きし息子は礼服に身を纏ひ瞳輝く妻娶りたり          北嶋和子

子供の時泣き虫だった子が何時の間にか成長して結婚する事になった「喜び」は一首の中には表れて居ませんが「よく泣きし息子」の第一句でこの息子さんを育てた時の色いろな苦労が想像され母親になった人には身を以って納得出来ます。子の成長と共に子は立派な人間になり、やがて結婚するまでになった事に母親としての喜びと安堵が「瞳輝く妻娶りたり」の下の句ですべての喜びが一気に表現されています。

 

老いの日々急がば廻れとマイペース仕事の合間休み忘れず        胡月嬌

作者はとても理智的で又情の細い方です。何事も理性で処理し合理的に事を処理する方と私は思って居ます。この一首でも分かるようにマイペースで老いの毎日を過されて居る作者は本当に幸せな方です。何かあってもくよくよせず年とって特別する事のない時も淋しがらず自分なりに出来る「老」の時間を埋める事はたやすい事ではありません。老人同志の私達に呼びかけて居るように感じられました。

 

カタカタと孫の好みではく下駄は亡きおぢいちゃんの日本みやげ     呉炎根

今は亡きおぢいちゃんが生前日本から孫のみやげに買った下駄を今も好んでカタカタ音を立てて履いて居る様子に作者は色々の事を思い出して居るでしょう。物は人より寿命が長い事が多くあります。孫の仕草で作者は主人様との色々な事を回想する事もありましょう。成長する孫を愛し今亡き夫君を偲ぶ心が伝わって来ます。

 

古びたる雨戸をそっと開けたれば清きザボンの花の香にほふ      呉順江

古びた雨戸といへばもう随分年月を経た家でしょうか、その雨戸を開けたとたんに清らかなザボンの香りが匂って来た時の作者の感動は大きかったと思います。繁華街に見る事の出来ない自然に囲まれた旧家でなくては見えないたたずまいです。都市には見られない自然の美と恵を満喫して居る作者が羨ましいです。

 

悦びも悲しみも短歌に幸せの台湾歌壇の老いのオアシス         呉恋雲

生れてより人間は赤子から子供となり少年、青年、そして壮年を経てやがて老年が待ち構えて居ます。人間はこれらを経過して老人にやがてなってしまひます。歌会の私達は皆それらを経過して来た老人達でなすべき事果すべき責任など終った人達の集いになってしまひました。最近何人かの情熱に満ちた青年の加入で少し活気づいて居り老人の私達自身に短歌という趣味があり嬉しいにつけ悲しみにつけ短歌に訴える事が出来るのは仕合せです。作者は歌壇を老いのオアシスと形容して居る明朗な理智的な会員の心を代表して居ます。

 

失明して見えざる物が見ゆるとふ真理の声を吾も諾はむ         高淑慎

治療を重ね最後に手術しても痊癒しなかった視力に対するショックは大きかったでしょう。十二首のどの一首も失明した主人公ははっきりして居ませんのでこの一首で御主人と判定しました。失明して見えないものが見えるといふ事は心の目で見える事です。私の父も八十才に失明した後はげしかった性格も柔らかくなって世話し安すい盲人になりました。故にこの一首は私の心痛をよみがへらせ、感で物事を感じて居た父を思い出し乍ら盲ひても冷静な心情で何でも見える事実と作者の理智的な愛が感じられます。

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