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14集-作品評9

徐奇芬選 その3

待たずとも時刻刻と過ぎゆきてボーット眺むる一ひらの雲    鄭 昌

 忙しくてひまのない時や何もする事のない時にも「刻」は過ぎてゆくのです。休むことも待ってくれる事もありません。何がなしに見上げた空に一片の雲が浮いて居ました。この雲も何時か流れて消えるかも分かりません。見えず捉えられない刻を思い乍ら悠然と止まって居る一ひらの雲に心寄せる作者の心情が伺われます。

 

何れかが介護の側に廻るかと見つむれば妻も思ひてゐるらし   鄭埌耀

年とった夫婦の心中を漏らした感傷深い一首です。夫婦として結ばれ半世紀以上も甘苦を共に暮して居る中にお互いを知り尽くし顔まで似て来ると言われて居ます。作者は老後の衰弱や病気など心構へてどちらが先に倒れるだろうと心ひそかに思って居るのです。介護される予感と介護せねばならない覚悟をひそかに考え乍らすぐそこに居る妻もこう考えて居るだろうとひそかに思って居る作者の心の細やかさに心とられました。夫婦愛とは口先のみでなく黙々と相手の弱点と需要を察知し尽くし合う事だと思います。この一首に落ちついた夫婦の生活の態度と自然に一体になって居る夫婦愛が読みとれます。夫婦二人きりの静かな一時だったでしょう。

 

声高なる呼び売り声で客を惹くシュガーアップルは釈迦の頭瘤  潘建祥 

花東紀行の中の一首でだんだん繁栄して居る花東地方を旅行した時に見た一光景です。お釈迦様の頭のように表皮に瘤のように見える皮をそのまま釈迦の頭瘤と言ふ作者は客を惹く売り声に足をとめたでしょうか。目のあたりに見た花東地方の繁栄に心を配っている作者のユーモアで花東紀行を綴って居ます。

 

ハネムーン終へし長男と夕餉の卓家族の一人殖えてメデタシ   潘達仁

他人の子女が結婚するニュースを聞く度毎になかなか結婚しない長男を心配して居た作者の笑顔が見えて来る一首です。ハネムーンから帰って来た新婚夫婦を迎えてこの夕餉に家族が一人殖えた実感に満足して居る様子が「家族の一人殖えてメデタシ」と結んだ所で表現されて居ます。

 

いにしへの日は懐かしや帰らざる人達思ひまなうら熱し     傅仁鴻

いにしへの日は懐かしの十二首は作者にとって毎日の生活と体験を皆懐かしいと言い尽くして居ます。最後の一首はもはや亡くなった友人達を懐かしむ唯一悲しみをこめた一首です。健在の友だちは何時でも会えるが「帰らざる人」になったらもう一生逢えないので懐かしさ一入だと思ひます。

 

はなれ住み会ふ日少なき弟に先に逝かれて涙の日々送りをり   前田富子

兄弟姉妹に成人するとそれぞれの家庭を造り一緒に住む事は難しくなります。遠くに住んであまり会う事の出来なかった弟さんが先立ち、思い出す度涙をこぼす作者の心情は十分に分かります。長男を昨年亡くした私の胸に痛いほどお気持ちが察せられます。死別の悲しみは時間が癒して呉れるでしょう。

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