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14集-作品評12

黄教子選 その3

若き日の強き意志にて幼稚園を営みてはや四十周年      林素梅

若き日に志を立てて幼児教育に力を注ごうと幼稚園を営まれた作者は、強い意志を貫き四十周年を迎えられました。三十数年前に台湾で暮らすようになった時、幼児教育が手薄なことや、子供用の夢のある書物の少ないことを痛感したものですから、幼児教育に志を燃やされた作者に敬服いたします。今後も台湾の幼児たちが楽しく充実した幼年期を過ごせるように、米寿を越えても頑張っていただきたいです。

 

台湾の山の宿り木胡蝶蘭名花となりて世界にはためく     林蘇綿

胡蝶蘭は今や世界の人々の愛する花となりました。あたかも胡蝶が舞っている様な姿で、長い花軸に多くの花をつけ、開花期間も長くていつまでも楽しむことが出来ます。花市の胡蝶蘭を売る棚に、ずらりと並んだ色とりどりの花を見たときには見惚れてしまいました。台湾の原種は湿った岩壁や樹木などに太い木根を出して着生し、花軸を下垂して純白の小ぶりの花を円錐状につけ、はっとするような気品があります。花を愛する作者は、台湾の胡蝶蘭が今や世界に鳴り響いていることが誇らしいのです。

 

敷島の大和の国は母国にてあらまほしきは祖国台湾      林肇基

日本統治時代に生まれ、日本教育を受けた台湾の日本語世代の人々にとって、言語、思考方式は日本式という人が多いようです。日本は自分達を育んだ母親のようなもので、それも現在の日本ではなく、敷島の大和の国が母国なのだと作者は思っておられます。そしてあらまほしきは祖国台湾なのだと。祖国は中国ではなく、台湾なのだ、そうあってほしいのだという作者の悲願を感じます。

 

雑草にまつはれながらも赤々と古里の庭にアマリリス咲く   林禎慧

一連の歌から今は古里の家には住む人がなく、清明節などに里帰りする様子がわかります。たまに返ってくる家族を迎えるように、季が巡れば庭にはアマリリスが雑草にまとわれながらも咲いて、在りし日を懐かしく偲ばれたことでしょう。お孫さんもお爺さんの遺志を継ぎ、医師になられたようで、一族の繁栄の源の古里の家は、アマリリスやのうぜんかずらが咲いて寿いでいるようです。

 

たつぷりと湯水を飲みて汗をかきほうと安らぐ運動の後    林梅芳

運動した後の喉の渇きをいやすのに冷たい水ではなくてさ湯をたっぷり飲んで、汗をかいてやすらぐという健康を配慮した何とも心地よい歌です。「ほうと安らぐ」という表現が作者の息づかいさえ感じさせてくれます。運動できる身体、精神をいつまでも保ってください。

 

雨につけ陽の照るにつけ被り来し母の古笠は後生大事に    林碧宮

知らない人にとっては古びた笠にすぎないけれど、作者にとっては母親が雨の日や陽射しの強い日にそれを被って作業していた大切な思い出のこもった笠で、捨てることのできないものです。被ってみるとまるで母親に頭を撫でててもらっているような気持ちになるのかもしれません。その古笠を後生大事になさっている作者。本当に大切なものは懐かしい思い出と共にあるものですね。

 

中秋が近づけば子を思ひ出すいかに届けむ月餅文旦      林百合

台湾では中秋に一家団欒して月餅や文旦を食べます。中秋節は春節、端午節と並んで大きな節日で、外国に住む子供に、月餅や文旦を食べさせてやりたいという母の心が滲み出ている一首です。中秋に団欒して一緒に食べたいという気持ちが、「いかに届けむ」という表現にこぼれ出ています。作者には身辺に立派なお子様が何人もいらっしゃるのですが、だからこそ離れ住むお子様のことが余計に思われるのですね。

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