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14集-作品評11

黄教子選 その2

幼児は別れに涙ポロポロと真珠の粒と茶化す娘の目も     劉玉嬌

幼児とはお孫さんのことでしょうね。しばらくお祖母ちゃんと過ごし、帰りに別れたくなくて泣いているのを、「真珠の粒」と形容して茶化そうとした娘さんもポロポロ。しばしの別れを辛がってくれる肉親が居ることは嬉しくもありまた胸がキュンと痛くもありますね。お孫さんと娘さんの状態のみを詠み、ご自分の気持ちを抑えていますが、作者も涙ポロポロだったのかもしれません。

 

春なれば新しき巣を造るらむ挿し木の小枝鳥に盗らるる    劉心心

大切に育てようとしていた挿し木を鳥が盗んでしまったようですが、春だから小鳥も新しい巣を造るのだろうと、小鳥の身になって考えているところになんともおおらかさを感じて気持ちが和んできます。草木を愛する作者は、自然の営みのすべてを受け入れて、ゆったりとしておられます。

 

嘆きごと人にも言はずくよくよと悩み過ぎると呆け易くなる  劉傳惠

 一人で思い悩むのは本当に苦しい事で、苦しさから逃れるために忘れようとする自己防衛本能が働くのでしょうか、忘れっぽくなり易いようです。苦しい時には、信頼できる人に聞いてもらうことも必要です。話したり書いたりしているうちに、自分の考えがはっきりしてくることもあります。呆けないためには悩みすぎないこと、悩みをなんらかの形に昇華してゆくことが大切で、短歌を詠むのも理想的ですね。

 

降り注ぐ銀の光に染められてビクトリアの夕白夜さながら  林聿修

カナダ西部のヴィクトリアを歌った「銀色のたそがれ」一連の歌の中の一首です。ヴィクトリアに行ったことが無いので「降り注ぐ銀の光」を実感できませんが、ファンタジックな美しい光景が浮かぶようです。一連の歌からヴィクトリアの異国情緒が伝わってきて、白夜さながらの夕べの光を身に浴びてみたいものと心魅かれます。

 

紅顔の美少年には見えたれど胸を患ふ悲しき運命      林月雲

夢多き人生が開かれようとしていた紅顔の美少年だったのに、昔は結核で命を落す青年が多かったようで、「良き薬なかりし頃の情けなさよひと風吹けばつぼみも散りて」という一連の歌から、この紅顔の美少年はつぼみのまま散ってゆかれたようです。作者はその人のことを思い出しながら、「あたら若い命を」と今でも惜しんでおられます。結核には良い薬ができましたが、時代とともに新しいやっかいな病気も出てきて、悲しき運命はなかなか絶滅できそうにありません。

 

台湾の行く手遮る雲のあり空を仰ぎて涙こらへぬ      林燧生

「台湾の運命」と題した十二首詠の十一首に台湾の辿った歴史を詠じ、十二首目がこの歌です。台湾の行く手を暗雲が遮っており、作者は空を仰ぎつつ涙をこらえているのです。同じ思いを忍んでいる方が多いと思います。私達に何ができるのでしょうか? 子孫のために何かしなければならない時がきているのではないのでしょうか? たとえ一人一人の力は弱くても、同じ思いを結集して出来ることは必ずあるはずだと信じます。

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