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14集-作品評1

鄭埌耀選 その1

才覚の世に抜きん出し友なれど正義漢故つひに敗れり     石瀬俊明

夏目漱石に言わせずとも此の世は窮屈で住みにくい。堂々と条理を通そうとしては如何なる才覚者も敗れ去る事がある。作者の知人にそう言う事があって感ずる所があり此の歌が出来た様であるが、世には知恵者と称するのがあり、此の人等の猿知恵には如何程の才覚を持つ正義漢もお手上げの時がある。作者の吐息が聞こえて来る。

 

愛憎のはるけき寺に慎ましも尼僧の双手と梅茶の香り      王進益

寺は心身の清浄が求められる所で世俗の愛憎に縁があってはならない。ここを訪ねて作者は茶をふるまわれた。佛に仕える尼僧の謹ましく差し出す茶碗を作者は同じくつつましい心で双手に受けた。御茶を出し御布施を受け取る尼僧の白い手、梅茶の香り、心身を清められて作者はすぐにこの作を書き上げたに違いない。茶の香りも漂って来そうな作品である。

 

新しく障子貼り終へ安堵する蝶の影絵もくっきり写りて     王正子

障子の貼り換えは職人に頼まず自分でやる事が多いが随分手間のかかる仕事である。骨洗いから始め糊付けの後の紙貼りが難しい。人手を借りて貼り終え、鴨居に入れ霧吹きをすませてやれやれと敷居の上を滑らしていたら向う側に蝶が飛んで来てその影絵が写ったと言うのだから作者の成就感は一入であったに違いない。爽やかな作である。

 

    「紅白」に除夜の鐘聴き祈りたり吾が台湾に幸多かれと    欧陽開代

六十余年続いたNHKの紅白合戦の後には地方の名刹などでの除夜の鐘の実況が放映される。重厚なあの鐘の音は年越しを祝い、来る年の幸を呼ぶのに似つかはしく、敬虔に祈る群衆の姿は平和一杯の日本の象徴である。此の幸をこの多難な前途を持つ台湾にも是非にと作者もつられて祈ったと言う、一緒に祈りたくもなるではあるまいか。

 

ザクザクと軍靴の音に杳き日の兵営生活が胸をよぎりゆく       温西濱

年を取り体力が衰えても男は勇壮なものが好きで特に軍隊経験のある人は尚更である。このザクザクは武装して行進する時の軍靴の音であり、あの兵営生活のリズムの音である。辛くはあったがあの規律厳正な軍隊生活から得た物は少なくないので忘れられない。若き日にひたむきの情熱の時代を送った男達の共鳴する歌である。

 

白雲を黒雲そっと抱き合ひて踊り子の影広げゆく空       郭文良

黒雲が出て来ると穏やかならぬ天気になるが、その前に白雲と重なり合いもつれ合いして大空に広がってゆく様を踊り子が二人抱き合って動く影と見たのである。やがて白雲を取りこんで本性を表しゴロゴロが鳴るのであるが、この間の黒雲の怪しげな動きを見つめ面白く巧みに詠み上げている。

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