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13集-作品評9

潘達仁選 その3

せせらぎの音ききながら木もれ日と共に歩まむ幸せの刻     鄭 昌

小川の岸を辿り乍ら木蔭を縫いて優しい自然にとけこみ煩悩、不安、心配など忘れ去る時こそ至福のひと時であります。毎日がこの様な刻の続くことを願うのみであります。流れのスムースで好感の持てる歌と思います。

 

月に寄する想ひをよそに月餅は新奇を衒ひ角型となる      鄭埌耀

元来月餅とは円いもので望月に寄せて一家団らんを望んで月見しながら食べるものでしたが時代の変わりにつけ本来の意味がなくなり味とか形を重んじ高価を競う様になって来ました。作者は純然たる伝統の喪失を憂いこの様な諷刺とユーモアに富んだ秀歌が生まれたのでしょう。かねがねからこの種類の歌が得意で朝日新聞のコラムに載った一首から「国替りの記」の中でも多数見られます。

 

知れ渡る木造駅舎無釘なり先民「大工」の腕前を讃ふ      潘建祥

昔の大工さんは殆んど釘を使わずに家を建てて居ました。然し斯の技術は非常に手間がかかり、現代のモットーたる「時間は金なり」に副ぐわなくなり釘を使う様になりました。したがって無釘の家は非常に少なくなって作者が驚くのも無理ないですね。NHKにも全国の木造駅舎を探す番組があります。無釘ですと木材の継ぎ目など正確さを問われるので今頃の大工さんは出来るかどうか怪しいですね。作者はその驚きを歌にしました。短歌としては難がありません。

 

遊ぶのに屈託がない子供らの為の野原はあるのだろうか     傅仁鴻

現在の台湾は開発が進んで森や林も相当減少して居ます。ましてや子供らの駆け回る野原の残る筈がありません。小さな島に人が二千三百万も住むのですから山麓の拡大及過度開発で子供の野原などありません。作者はこれを憂いて居ながら底には台湾の過度開発を心配して居ます。結句に作者の重い心情が表れています。心情は重いのですが子供への歌ですから口語体がよかったと思います。

 

地中よりにわかに出でて一重づつ見事膨らむ荒野の花よ     毛燕珠

作者は北島先生の指導の下で「香る園」の歌集を出して居ます。前輯では中々良い歌があった様に覚えて居ります。花は一重と言わないと思います。この歌のポイントは「荒野の花よ」にあると思いますが、荒野と言う環境でも生きゆく力強さに感じたのでしょう。「にわか」は旧仮名では「にはか」になります。間違い易い時は「俄」と漢字にして良いでしょう。

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