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13集-作品評7

潘達仁選 その1

半世紀振りに集ひし同窓会童の友は幾人もなく         荘淑貞

五十年経ってのクラス会です皆ぢいさん、ばあさんですね。色々な事、例えば昔の憶い出とか噂話とか近況などで話しが弾んだ事でしょう。その中でも悲しい事は友達の訃報です。見渡すと集って来た人は大分少なくなって居ります。中には体調が悪く欠席する方もあったでしょう、兎も角クラス会は楽しい場所ですが年々クラスメートが減るのは悲しい事です。お互いに元気で居られる事を慶び合った方が良いでしょう。歌ですが四句「童の友」とするよりも「竹馬の友」としたいですね。

 

胃カメラの検査でOKの一言疑心暗鬼一掃したり        荘進源

昔聞いた事のない病名が現在では普通の様に使われて居ます、糖尿病とか癌とか、昔からあったのかも知れません。只病名を知らなかったでしょう。色々な病名があるので現在の人達は何かあるともしやと疑心暗鬼にかられます。作者は胃潰瘍か胃癌かと恐れて居たのでしょう。内心ヒヤヒヤしながら検査を受けたのです。でもOKの一言で空が晴れた感じがしたのですね。結句の「一掃したり」安堵感が籠もって居ます。然し油断は禁物です、折角ご養生の程を。

 

二度を共に訪ひ新高の山に斉ひき平穏世界を         田上雅春

一連の短歌は友を偲んで居る内容ですが古語で詠んで居るので短歌と言うより和歌と言った方が適当かも知れません。日本の方が一度ならず友達と新高山に登って我々台湾の平穏を祈って呉れて居るのです。誠に有難い話で感激しました。歌ですが荘重な内容を古語で詠まれたので一層神神しい感じがします。それに依って内容も一層高められて居ます。「二度」誤読され易いので「再び」では如何?

 

バスを待つわが影一つ街道を往来の人踏み越し過ぐる      陳英侯

日常の茶飯事を良く見つめ注意して居る短歌で佳作になりました。この様な事はざらにあるので見すごち勝ちになります。私が前に属して居た日本の短歌結社の主宰は何時も「些細な事でも注意せよ。沢山歌にせよ」と訓えて居ました。この短歌は正に些細な事を短歌にして居ます。良くスケールの大きい短歌を詠む人が日本にも沢山居ますが、それ丈に感動が薄れてしまいます。

 

「君が世」を唄はぬ優勝力士ありわれも唄はぬ他国の党歌    陳皆竹

党歌は国歌の印刷ミスではないかと思い迷いましたが台湾の国歌の事と思います。台湾の国歌はそもそも国民党の党歌ですのでこの事を指して言って居るのでしょう。最近の優勝力士は朝青龍か白鵬の事でしょう、二人共モンゴル人ですから帰化しない限りレジスタンスを覚えたと思われます。作者は国民党ではない(と思いますが)から国民党党歌を国歌として歌うのに抵抗を感じたのですね。私も歌いません。何故ならば抵抗どころか反感を覚えます。優勝力士に寄せた作者の心の発露でしょうか?想いの深い歌です。

 

孫娘無事にひまごをうみしとふ知らせを聞きて一家喜ぶ     陳珠璋

何とも目出たい歌ですね。私は八十坂を越えましたが漸く六つと三つの女孫がある丈ですから女孫が嫁になる姿を見るのは夢の又夢で曾孫など想像がつきません。お目出とうございます。短歌としては結句の「喜ぶ」は主観語ですので少し気になります。又曾孫は男か女かを入れたら喜びはもっと大きいと思いますが。

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