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13集-作品評6

鄭埌耀選 その3

目を病みて七日の入院子等のこばみし付き添ひをしくるる老夫に最敬礼を 辛秀蓮

眼病では命にかかわらないからと言うのであろうか、子供達はあれこれにかこつけて付き添いをして呉れない。とどの詰まりは御主人の御出馬となるが御老体に病人の介護は楽ではない。そこを自ら買って出たのだから当然最敬礼で酬はねばならない。此の作品を読まれて御主人は看護疲れが一掃された事と思うが、御伉儷の仲の良さをとくと味はせて貰ったお礼を申し上げよう。

 

篤姫の劇の面めんの其の史実懐かしむ我は大和びとなりき     蘇楠榮

作者は日本人として教育されたので江戸末期の史実に詳しく大奥の内情にも興味を持っている。ドラマの中で厳しい掟の中に義理人情に絡まれ乍毅然と乱麻を切り抜いて行く主役篤姫と脇役達の葛藤の中での息詰まるストーリーには日本文化を知る人ならでは納得出来ない節々、これは作者が自分を大和びとと呼ぶ所以でもあろう。このドラマから受けた強い感触が十二首の一連の作に巧みに織りこまれていて共鳴を呼ぶ。

 

夏休み帰省の孫らで賑はひて二人の老いの夏の夜短かし     蘇友銘

学校が夏休みとなると孫らは親につれられて里の家に集まって来る。大きい孫小さい孫、昼間は外出して遊んでいるが夜になると家の中は騒々しくなる。それが老人には楽しい一刻であるが、此の時間は直ぐ終る。孫達が寝入ってしまうと元通りの老い二人だけの淋しさが戻って来るので夏の夜はもっと長ければと嘆く。お年寄りの誰にもある、又はあった寂しさを結句の夏の夜短かしで見事にまとめた。

 

湯上りの我が映れる大鏡に血圧症の陰は見えざり        曾昭烈

年を取ると老人症が現れ、その始まりは高血圧で、作者もその御多例に洩れていない様であるが、湯上りに大鏡に映ったのは隆々たる筋骨に幅広い胸元自分乍ら惚れ惚れする体格である。血圧を云々する老態ではない。歌壇に行事があると幹事役として活動をする作者は元気旺盛で未だまだ働き盛りである。此の作に表はれた作者の気迫は老者を自称する人達の範としたいものである。

 

国亡びて山河ありと古人の言ふ馬の手に依り台湾消え去らむ   曹永一

台湾が亡んだ場合、山河は残らない。併合により外省人が大量に移住して来て、財力に物を言わせ、あのビルも此の土地もあの施設も彼等の物となり、道を歩けば外省人とぶつかると言う様になれば台湾に何が残ろうか。世界中で一番嫌われ者の華僑、彼等の奸詐と強欲による浸透に台湾の民情では為す術はあるまい。馬総統は政権を握ったのを好機として併合の道をまっしぐらに急いでいる。やんぬるかな、と言う作者の嘆きの歌であり、二千万の台湾人民の胸元を抉る作である。

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