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13集-作品評5

鄭埌耀選 その2

「遠く来て寝ゐるこの宿静けくて」とふ牧水の歌にせせらぎを聞く   蔡西川

旅と酒と自然を愛した牧水は交通の不便な明治の後期に歩いて全国に足跡を残した。この箱根にも来て安宿などで水の流れ丈が聞こえて来る静寂を喜んだに違いない。ここの宿でせせらぎの音に作者は牧水のこの歌を思い出したのであるが、或は「白玉の歯に沁みとほる!」をも思い出し手酌の一献があったかも知れない。旅共に牧水の歌でいよいよ旅情を深める、この作者らしい感性の溢れる作品である。

 

落ちこみし事には触れず語り合ふ表情見えぬ電話はやさし   佐藤厚子

一人暮らしの老人達はとかく落ち込み易く会話は労わり合ふ事に始まるものであるが、電話では相手の表情が見えずこちらも見られていないので慰め合う事は要らないで幾らでも好きな事が言える。用件を済ました後は空いた方の手を振り振り話題を換え換え他人の噂話の続いたあとに少し自慢話をつけ足す事を忘れない。電話では何でも気楽に話しが出来る。誠に結句に言う如く「電話はやさしい」のである。

 

遠出せし父母恋ふに似てうっすらと霞める山をあかず眺むる   徐奇芬

亡くなった父母は今何処に居るのだろう、此のやるせなさは誰にもつき纏う。風になって飛ぶと詩人は歌ってゐるのでそうとも思いたいが、世事を離れひとり遠くに霞んでいる山を眺めていると父母は遠出したままそこに住み、もう戻って来ないのだと言う様な切ない想いに沈んでしまう。遠くて近くに、近くて遠くに在はす父母、誰も彼も人の子、涙をそそられる一首である。

 

手際よく旅に伴ひ呉し娘の幼なき日の事思ひ出杳か       徐奇璧

海外旅行にお出かけならばまだまだ御老体ではないが杖が要るなら付添いも要る。丁度学校で鍛えられて体力のある娘が万事にてきぱきと気配りし世話をして呉れるので大助かりであるが手際の余りの良さにこの娘の幼少の頃を思い出した。泣き虫で甘えん坊であったのに等と、横顔を見乍遠い日の事を偲んだのであろう。母と娘との暖かい絆を詠んだお母さんの微笑ましい歌である。

 

晩年の残りし日々に心身を清く保ちて人の世話要らず       徐誠欣

病弱や障害などで介護されている老人の実態が気になる歳になった。自分に限りそんな不様な恰好で世話をされまい、人に迷惑はかけまいと思っている内は華であるが、寄る年波に勝つすべはない。それでも何時までも心身を清らかに保とうと言う意気ごみはけなげである。人生老いても気迫丈は何時までもこの歌の様に若いままでいたいものである。

 

急激に中国傾斜進みたり信じられざる朝野の抗争         周福南

民主国家での朝野の抗争は正常の現象であるが、台湾のそれは統独の争いなので深刻である。中国人が政権を取った以上統一の道へと進むのは当然であるがピッチが早すぎる。国民党籍の立法委員は殆んどが台湾人なのに此の人達は臆面もなく台湾人と敵対し朝野の抗争を助長するので野党の台湾側は衆寡敵せずの苦境にある。信じられないと言う作者の嘆きは全台湾人の嘆きである。


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