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13集-作品評2

黄教子選 その2

旅しつつ残したるオームの甘え鳴く影こびりつき心和まず   郭清來

十二首詠の数首は、結婚記念日に家族旅行なさったことを詠んでおられますが、楽しい旅行の中で、ペットのオームを思い出しておられて、作者が常日頃このオームを可愛がっていることがわかります。それにしてもオームはびっくりするような大きな声を出しますが、このオームはどのような声で甘えるのかなと思います。長年飼っていると情が移り、ペットを飼うことで癒される事が多いですね。

 

百までと手をば打ち合ふ老兄妹別れ惜しみて手振りて離る   顔雲鴻

兄妹の平均年齢も八十歳を越せば、みんな揃って集うごとに、散会するに忍びない思いが募ることでしょう。「百まで頑張ろうね」とお互いに励ましあいつつ手を打ち合う兄妹が居ることは幸せです。でもいつその中の一人が欠けるかわからないという不安も心中に潜みます。だからこそ、今のこのひと時が何者にも替えがたく大切なのです。

 

辛くとも呆け防ぐ為こなす家事老いのペースはゆつくりとあり 胡月嬌

家事は意外に多くて、次から次へと後を絶ちません。かつては家族のために忙しく立ち働いた家事も、今は自分のために、また呆けを防ぐ為にとやっておられる作者は、「ゆっくりと」をモットーに自らの姿勢を正しておられます。

疲れたら一休みしてまたゆっくりと始める。家事だけでなく、趣味の短歌などもマイペースで、ウサギと亀のかけっこも最後には亀が勝ちました。

 

雨やめば虹がかかるも我が胸の雨はやめども虹はかからぬ   呉炎根

自然は私たちに様々な様相を見せてくれます。雨の後の虹は、まるで夢のようで心を和ませてくれます。でも作者は自分の心にはもう虹がかからぬと寂しがっておられます。「若き日は夢とよろこびありしかど老いたる今は悔いとあきらめ」という一首もあり、夢とよろこびから次第に遠のいてゆく日々を嘆いておられます。「あきらめ」は悩みを解消する一つの方法だと思います。一切の欲をあきらめれば煩悩は消えるわけですが、やはりそれだけでは寂しいですね。そんな中に短歌があり、良きお子様お孫様に恵まれているようで、幸せな作者だと思います。

 

叱られて泣きゐるわれを抱き呉れし母の温もり今も懐かし   呉順江

十二首詠のすべてが亡き母を恋ふる歌で、こよなく優しいお母様であったようです。何歳になっても母親への思いは薄れることなく、人生の寂しさを感じる老年には一層母親の優しさ温かさが身に沁みて恋しく思われます。幼き日父親に叱られたのでしょうか? 泣きじゃくる作者のすべてを受け入れて抱いてくれた母親の温もりを、作者は今も覚えていて、懐かしがっておられます。

子を虐待するニュースをしばしば聞きますが、今の世にこのような大いなる母性を取り戻したいものです。その母性の思い出は、一生作者の心を支えてくれるでしょう。

 

わが歌壇ますます賑はひ老友の短歌を楽しむ憩ひのオアシス  呉戀雲

老後の不安の多い中、そんなこと託つ暇などありませんよと、積極的に人生を歩む人生の先輩方を見習いたいといつも教えられます。作者も人生を前向きにプラス思考で生きておられ、台湾歌壇も「ますます賑はひ」と詠んでおられます。短歌は憩いのオアシス、明日を生きてゆく力の源、悦びも悲しみも、寂しさも短歌に詠み合うことで、楽しみになる場があることを力強く詠んでいて、同じ短歌の友として励まされます。特殊な環境の中で永続する台湾歌壇の存在は尊いものです。憩いのオアシスを島全体グリーンのオアシスにしたいものですね。

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