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13集-作品評12

徐奇芬選 その3

母の実家訪ねし我の背袋に舅父は一品一品食糧賜びたる     林禎慧

終戦近い頃食糧品は大変缺乏して配給制度はあっても不充分で半飢餓状態の日々でした。この時期農村は空襲の合間に作物を作り都市の人より食糧は充分でした。作者は農家である母の実家を訪れ帰る真際には一品一品の食物を背嚢に入れてくれた事を回顧して居ます。丁度この世代に生まれた私達は現代人には想像も出来ない体験をして来ました。幸か不幸か。過ぎ去れば皆雲煙の如しです。

 

大雨の降りし夕べの跡もなき朝の道ゆく心すがすがし      林梅芳

深夜に大雨が降って道は清められすがすがしい朝になった道を散策する作者の感受が読みとれます。この日作者はきっと気持ちよく詩心も湧いてこの一首が出来たのでしょう。

 

親ごころ子の知らずして子の裡を親は分からず世は斯く哀し   林碧宮

何もかも親と頼りにして居た子供が生ひ立ちて物事を知り、自分の意見や理想をも主張する年頃になった時、親はそれに気がつかず親としての意見を主張して子供は意見のマッチしない親にじれったさを覚える事もあるでしょう。切っても切っても切り離す事の出来ない親子の絆はこうして矛盾や誤解でこじれてしまふのです。作者はこの体験をされたのでしょうか。「世は斯く哀し」と結んだ一句に親としてのさびしさと無力感が共鳴を呼びました。

 

若きらに戦時を語れど馬耳東風やがて消えゆく戦後六十年    林百合

私達の青春時代は不幸にして二次世界大戦さ中で物資は乏しく毎日空襲に怯えて目の前で戦死体や空襲後の悲惨な情景を見た乙女たちでした。着る物、食べる物すべて大缺乏で乙女盛りの華やかさ所か爆撃後の救護隊として集隊行動をした様子は現代子には想像もつかない故理解も出来ない事です。十七、八の乙女にはそれなりに色々な夢もあり理想もありましたが現実はこれを考へる余裕さへありませんでした。物資に恵まれ戦争のない時代に生まれた現世代の若者には全く納得出来ない事を語る時、彼等は「馬耳東風」なのです。こうして月日は流れ六十年は過ぎました。私たちの世代が皆世を去った時世界はどう変遷して居るか予想も出来ません。

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